【コレクティブインパクト最前線】社会的存在意義を果たし、企業のDNAを実感する! セイノーHD(株)執行役員 河合秀治さん
「誰かの『困った』に、物流会社が関われるケースは想像以上に多い」
物流が持つ可能性を信じ、力強い活動でその可能性を広げている、セイノーホールディングス株式会社執行役員の河合秀治さん。同社新規事業提案から生まれた「ココネット株式会社」代表取締役社長として、主に食品宅配事業を手掛ける傍ら、過疎地域在住者や高齢者などの「買い物弱者」対策支援事業、コミュニティコンシェルジュ(ご用聞き、見守り)事業を推進。またこれをきっかけに、「こども宅食」や「コスメバンク」といった社会貢献活動にも参画するなど、社会課題解決に挑戦する方々と企画設計の段階から連携し、「コレクティブインパクト」の担い手の一人として、「物流」が持つ力を遺憾なく発揮されています。
今回は、2023年12月、北海道で活動実践中の河合さんにお時間を頂き、株式会社電通PRコンサルティング執行役員の井口理が、社会貢献活動に取り組む姿勢や企業連携の重要性、企業価値向上の実感などに関して、お話を伺いました。
※なお、この企画はNPO法人ETIC. 事業本部and Beyondカンパニー事務局北川幸子さんの協力、コーディネートによるものです。
【NPO法人ETIC. 北川幸子さんからのメッセージ】
日頃「こども宅食」や「コスメバンク」などの活動を、河合さんと一緒に取り組ませていただいています。今回のお話を伺って、改めて河合さんの「個人の思い」を大切にする姿勢と、実際の「事業との連携」を図る熱意に触れることができました。こうした活動やそれを支える思いが、企業価値の向上や企業成長にも、おのずと結び付いてきているのではないでしょうか?私たちも引き続き、人の熱意を大切にしながら、社会の課題解決に向けて、取り組むことができる環境を一緒につくっていきたいと決意を新たにしています。
河合 秀治 セイノーホールディングス株式会社 執行役員
西濃運輸株式会社に入社後、トラックドライバーとしてキャリアをスタートし、トラック輸送の現場を経験。業務改善等各種プロジェクトを経て、社内ベンチャー、ココネット株式会社を2011年に設立し、後に社長に就任。「買い物弱者対策」として、食料品のお届けなどラストワンマイルサービスを全国展開。現在は、セイノーHD執行役員ラストワンマイル推進チーム担当、複数の事業会社の役員を兼務し、社会課題解決型ラストワンマイルの構築を推進。直近では、狭商圏オンデマンド配送サービス「スパイダーデリバリー」、処方薬即時配送サービス「ARUU」、ドローン配送サービス「SkyHub」をローンチ。(一社)こども宅食応援団戦略パートナーなどの取り組みも展開。
目次[非表示]
「物流の力」を信じて、会社のDNAをカタチに
井口:本日はよろしくお願いします。まず、社会貢献活動を始めることになったきっかけについて教えてください。
河合さん(以下、敬称略):セイノーホールディングス(西濃運輸)は、1930年に岐阜県で、田口自動車として創業しました。当時岐阜県では繊維産業が盛んで、現地で生産された商品を東京まで運ぶお手伝いをするというところから事業が始まっています。その時から創業者が繰り返し語っていたのが、「私たちの役割は『誰かのため』に、代わりになって届けること」でした。しかし3万台以上のトラックを有し、全国にサービスが拡大されるようになるにつれ、従業員にとっても物を運ぶということが当たり前という環境となり、「誰かの役に立っている」という実感が得られにくくなってしまいました。
こうした中、高齢者や過疎地域にお住まいで、必要なサービスを受けるのが難しい「買い物弱者」とされる方々のサポートを事業化できないかと考えました。経済産業省の発表では、今、全国に「買い物弱者」とされる方は推計で824万人以上(65歳以上の方々が対象)。またこの方々以外にも、小さなお子様をお持ちの子育て世帯、共働き世帯、障がいのある方々など、日常の買い物に不便を感じる方は大勢いらっしゃいます。そこで、こうした方々への支援を通じて、地域社会に貢献することを目指した「ココネット」という会社を2011年に設立。地域の方々の御用聞き、食料品のお届け、見守りなどの活動を行ってきました。
井口:新規事業の立ち上げには、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
河合:大きくは二つあります。
一つは、当時リーマンショック後の不安定な経済状況の中で、西濃運輸が得意としている大型の企業間物流に次ぐ柱として、「小口配送」に力を入れる必要があると考えたことでした。
そしてもう一つが、「誰かのために」という会社のDNAを形にしたいということです。これについては、私の原体験も影響しています。私が大学生の頃、当時93歳になる祖父が買い物から帰る途中に自転車で転倒し、その後車椅子生活を余儀なくされてしまったのです。私は近所に住んでいたのですが、祖父としては「孫に買い物を頼むのは申し訳ない」という気持ちもあったのでしょう。その体験から、「買い物弱者」といわれる方々を対象としたサービスとして、ココネットの立ち上げを計画しました。
井口:ビジネス的な側面だけでなく、社会貢献的な側面を設立当初から意識されていらっしゃったのですね。ココネットのサービスについても具体的に教えていただけますか?
河合:ココネットは事業モデルとして「コミュニティコンシェルジュのネットワークをつくる」ということを掲げています。「ただ商品を届ける」だけでなく、「ハーティスト」と呼ばれる「お届けスタッフ」がお客様の自宅までお伺いし、商品を届けるとともに、小さな困りごとも一緒に解決するお手伝いをすることで、地域のコンシェルジュとなっていこう、という思いがそこにはあります。
家族のように相手を気にかけながら、暮らしを支える「準家族」として、地域の皆さんに寄り添うこと。これを通じて、「ハーティスト(お届けスタッフ)に相談すれば、なんとかなる」と思ってもらえるような、安心感のあるコミュニティづくりを目指しています。
また、ココネットの事業を通じて、「物流そのものが、社会課題を解決できる」という考えを具現化することで、スタッフの皆にとっても、「誰かのために働く」「自分たちの力で社会課題を解決する」という、もともと会社の中にあったDNAに気付いてもらえるようになってきたと感じています。
アウトリーチ、それは「できること」を拡張するための連携
井口:その後、「こども宅食」や「コスメバンク」など、社外のさまざまな社会貢献活動に参画されています。これらはどのようなきっかけで取り組むことになったのでしょうか?
◎「こども宅食応援団」
生活の厳しいご家庭に、定期的に食品を届ける取り組み。食品のお届けをきっかけにつながりをつくり、見守りながら、食品以外のさまざまな支援につなげる。
◎「コスメバンクプロジェクト」
「女性と地球にスマイルを」という理念のもと、旧仕様品や未開封返品など、品質に問題のない良品を企業から募り、シングルマザーなど経済的困難下で頑張る女性たちに、無償でお届けする活動。
河合:実は、「物を運ぶことで困ったらとりあえず声をかけてね」と、いろいろな人に言っているんです(笑)。物流会社の場合、通常は物を運ぶことが決まって、最後運賃を決める段階でしかお声がかかりません。しかし、私はあえて物が流れていく、さらに川上の段階で、いろいろな方に声をかけさせていただいています。
「こども宅食」の場合なら、発案者である認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹さんにお声がけいただいたことがきっかけです。「食品を寄付として集めて、子どもたちに届けたいけど、なんとかしてくれない?」というざっくりとした相談でした(笑)。食品を扱うため、賞味期限を管理しつつ保管をしなければならず、「一体どこから手をつけてよいか…」と悩んでいたそうです。
ただこのことは、われわれからすると、倉庫管理の仕組みがありますので、それほど難しい問題ではありませんでした。倉庫で預かり、保管・管理をしながら仕分けをして届けていく。実は、これは全て物流会社の役割ですが、そのこと自体が意外と知られていないのです。そこで、このように企画段階から入らせていただき、物流設計を一から担わせていただくようにしました。
「こども宅食応援団」の活動での河合さんの様子
井口:自分たちが「今、できること」だけではなく、「自分たちに何かできることはないか?」と考え、一歩踏み出すこと。このことによって、自社に「できること」がさらに拡張していくという、事業にとっても非常に良いスパイラルが生まれていますね。
新たなことを始めようとしたとき、とても強いチャレンジ精神が必要となりますが、社会課題を解決するために、「自社のみならず、いろいろな知恵を集める」という、「一歩踏み出す」姿勢が、企業の成長につながっていると感じました。
河合:「一歩踏み出す」こと、すなわち、「アウトリーチ」する姿勢こそが、「こども宅食応援団」についてはポイントになっていると思います。「アウトリーチ」とは「必要としている人に必要なサービスを届けること」という意味です。日頃買い物に不便を感じていらっしゃる方々の、インターフェースとして活動している「ココネット」だからこそ、できるはずだと考えたのです。
社会貢献と経済合理性~サステナブルな事業である責任
河合:私自身もココネットで配達に行くのですが、お子さんがお荷物を受け取ってくれるケースもあります。半年、1年たってから同じ家に行くこともあるのですが、成長しているのがよく分かってとても楽しいです。
井口:仕事を通じて、誰かの役に立っていると感じられるのは、本当に「やりがい」になると思います。私たちも、企業のインターナル・コミュニケーション活性化のサポートをさせていただくことが多いのですが、「やりがい」がないと若手社員もすぐに辞めてしまうという声をよく聞きます。そういった意味で、「やりがい」を社員の皆さんが持てる環境をつくり上げられているのは、大変素晴らしいと感じました。
河合:ココネットの「ハーティスト」(お届けスタッフ)には、地域の主婦の方が多数いらっしゃいます。彼女たちからも、お届けした先の方から「ありがとう、ありがとう」と言っていただいているという話をよく聞きます。スタッフが個人として、「社会の役に立っている」と自己認識できる瞬間ですよね。そのような体験こそがモチベーションとなって、この取り組みが長く続けられている理由の一つだと考えています。
井口:この体験価値が事業をサステナブルにしているのですね。とはいえ、社会貢献を考えた取り組みになる場合、ビジネス的な側面がやや置き去りにされがちになる傾向もありますが、サステナブルな事業には実はとても重要なことです。ココネットさんの場合はいかがでしょうか?
河合:社会課題の解決はもちろん重要ですが、ビジネスとしての継続性を担保していくことには非常にこだわっています。ココネットを始めて、改めて強く実感していることがあります。それは、一度このようなサービスを始めると、「会社が赤字になったのでやめます」と言えない状況になるということです。大勢のお客様が、各地域で活躍する「ハーティスト」(お届けスタッフ)メンバーのことを、コミュニティコンシェルジュとして、とても頼りにしていただいています。そういった中、簡単に事業を畳むことは、決してできないのです。
つまり、事業を黒字化し、経済合理性も保った中で課題解決をするということが、私たちの責任だと考えています。今年で12年目に入りましたが、おかげさまで毎年売り上げを伸ばすことができています。
井口:サステナブルな社会をつくるためには、その取り組みや事業、企業もサステナブルでなければならない。だからこそ、その意味で経済合理性にもこだわって、事業推進していく河合さんの決意と、並々ならぬご苦労の一端を垣間見たように思います。
存在意義に忠実に、小さな水たまりをたくさん作る
井口:河合さんご自身が、ココネット以外にも、新しい構想をたくさんお持ちだという話もお伺いしました。こうしたアイデアは、社内から自然に声が上がってくるものなのでしょうか?
河合:私が30代の頃、新規事業を立ち上げる部署に所属することになりました。まだ管理職になりたての頃でしたが、当時の副社長から「大きな海ではなく、小さな水たまりをたくさん作りなさい」というアドバイスを受けました。小さなアイデアでもよいので、どんどん形にしていこうということです。ココネットもその頃構想したモデルですが、そのほかのことも「とりあえず出してみよう」という意識で取り組むことができました。
その後新規事業を立ち上げ、イントレプレナーシップ教育の現場として、2016年からオープンイノベーション推進室を設立しました。ここを中心に、私自身の経験も伝えながら、若い社員たちにさまざまなアイデアの種である「水たまり」を生み出してもらう環境を整えています。ちなみに現在動いているプロジェクトで一番若いプロジェクトマネージャーは入社3年目、25歳の社員です。
また、創業者である田口利八が、物流を通して国に貢献するという意味を込めた「輸送立国」という使命を会社の存在意義として掲げています。さまざまな課題が出てきた際、従業員がこの使命に基づいて考える習慣が根付いているため、こうした活動アイデア自体にも、グループとしての独自性やユニークさが出ているのではないかなと考えています。
井口:さまざまな社会課題解決にビジネスとして取り組まれていく中で、社会や生活者、ステークホルダーの方々からの、グループ全体の評価・評判に対する声に変化はありましたか?
河合:先ほどご紹介したように、「なんとなく」(笑)の相談をしていただけるケースが増えていることは間違いがありません。これによって、当社が社会のお役に立てるチャンスもまだまだ拡大しているように感じています。
なお、当社では、パートナーとして取り組む企業や団体の皆様にも、私たちの企業理念をご理解いただいた上でプロジェクトを共創していきたいと考えており、そういった方々には、可能な限り、本社の横にある「西濃記念館」をご案内しています。記念館の館長は創業時からドライバーとして勤務していた七戸直栄が務めています。とはいえ、実は、(おそらく)私が一番この記念館に通っていまして(笑)。何か困ったらこの記念館に立ち返って考えるようにしています。
井口:企業ミュージアムは創業者の思想を感じ取るのにとても有用な施設ですよね。昨今、この企業ミュージアムを社員教育や取引先の方との関係強化に活用するところも増えているようです。当社では各企業さんの企業ミュージアムを訪ねて回った訪問記を書籍としても発行しておりまして。今度「西濃記念館」にもぜひお伺いしなければ、ですね。
企業・団体連携で、新しい社会へ
井口:企業成長のために、社会課題の解決と自社の強みを掛け合わせて、新規事業を考えていらっしゃる企業は多いと思います。さまざまな企業連携による社会貢献プロジェクトに参画されている一社として、そのような企業の方にメッセージをお願いします。
河合:セイノーホールディングス社長の田口義隆が「物流業からオープン・パブリック・プラットフォーム構築へ」という構想を打ち出し、同業・異業種にこだわらず、オープンに取り組んでいくことの重要性を常々語っています。
さまざまな課題解決を考える際に、物流が担える部分って、実はかなり多く存在しています。目に見えている「物」があれば、それは何らかの形で必ず運ばれてきています。つまり、必ず私たちがお役に立てることがあります。ぜひ皆さんのチャレンジにご一緒させてください。
取材後記
最後に。
「コレクティブインパクト」という新しいスキームを紹介し、その実践に少しでも貢献したいという思いから、このようなシリーズを展開することを思いつきました。が、その実直な思いからすでにここまでの実践を成し遂げ、さらなる連携拡大を目指している河合さんたちの姿勢にただただ感嘆しました。
「頼まれたからやる」というのは実は簡単ではなく、受け身の気持ちではやり切れないことです。むしろ「やると決めたら途中で降りられない」「是が非でも黒字化させ、事業継続させる」という強い意志でこそ、それが成し遂げられるということ。
ただそれも、よそからの押し付けによるものでなく、「自身がやりたいからやる」という気持ちに立脚しているところがすてきです。こんなにも自然に声がけされ、そこに協力が生まれ、協働・共創がなされていく。そんな現在の社会環境も悪くないな、と思わせてくれます。まさにこのような企業連携が、より自然に、さまざまな領域で拡大していくことを願い、当社、あるいはPRという仕事がこれらのマッチングに貢献できれば、と思いました。
私も企業や団体、個人の方々のそういった社会貢献への前向きな相談を受け止めつつ、いつしか河合さんにご相談に行けたらと思います。勇気を頂けるお話をありがとうございました。
(株式会社電通PRコンサルティング執行役員 井口理)
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
電通PRC-PRX事務局からのご案内
電通PRコンサルティングでは、イシューを捉えた「企業広報戦略」の策定や実践に関して、下記プログラム資料や関連記事を紹介しています。
❶ ナラティブ化にむけた企業ブランディングプログラム
❷ イシュー起点の「企業コミュニケーション」プログラム