「NEXT社会課題:企業とLGBTQ+ユース」ソーシャル・イノベーターに聞く
# 認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表 松中権さん
# 企業とLGBTQ+ユースがもっとつながれる問題
電通PRコンサルティングのZ世代社員が、ソーシャル・イノベーターとともにNEXT社会課題を発見し、企業連携で解決する方法を探っていく連載、「NEXT社会課題」。
お話を伺ったのは、「LGBTQ+が自分らしく、より良く年齢を重ねていける世の中にしたい。LGBTQ+もそうでない人も互いにエールを送りあって生きていこう」という思いから活動をスタートされた、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ 代表 松中 権さん。NPOの活動や、LGBTQ+の子どもたち、ユースを取り巻く現状を教わる中で、LGBTQ+は、自殺未遂・自傷行為の経験率がヘテロセクシュアル(異性愛者)かつシスジェンダー(性自認と生まれた時に割り当てられた性別が一致する人)と比べて極めて高く、例えば、ゲイ・バイセクシュアル男性でいうと、自殺リスクは約6倍高いということを初めて知りました。
今回は、人々の命を支える啓発活動の一つ、自殺予防週間(9月10日~16日)を前に、改めて「一人で悩み苦しむことなく、多様な人々が自分らしく生きていける世界」について考え、実現のために企業ができることを考えます。
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出身校で起きた痛ましい事件を繰り返したくない。LGBTQ+の安心・安全な居場所づくりに専念
■松中さんが電通を退職され、NPOでの活動や、性的指向・性自認に関する差別をなくしていく法制度を求める活動に専念されたきっかけについて教えてください。
(松中さん)
2015年8月、ゲイであることを同級生にアウティング(同意なき暴露)された一橋大学ロースクールの学生が、大学敷地内で転落死するという事件がありました。同大学は私の出身校でもあり、「痛ましい事件を繰り返したくない」という思いから、LGBTQ+の活動に専念することを決めました。
その際、実現したいと決意したのは、まず私の地元である金沢と、一橋大学をLGBTQ+にとっても安心・安全な場所にしていくこと、そして、LGBTQ+を支援できる常設の総合センターの設立でした。
地道な活動を経て、金沢では昨年、北陸初のプライドパレードを開催し、2022年9月5日から「LGBTQ+とアライ(LGBTQ+当事者の味方・仲間として行動する人)の常設の居場所づくり」を目指したクラウドファンディングを実施していますし、一橋大学で実施した、ジェンダーやセクシュアリティに焦点を当てた寄付講座が、大学の公式の授業として格上げされるまでになりました。
■そして、「常設の総合センターをつくりたい」という思いが結実したのが、今私たちがお話を伺っている「プライドハウス東京レガシー」なんですね。
(松中さん)
そうですね。「何かあったとき、そこに行けば大丈夫」という安全な居場所、いつもそこにあるという安心できる居場所を長年つくりたかったんです。社会を変える契機になり得る東京2020オリンピック・パラリンピックをチャンスと捉え、多様なNPO・専門家・企業・大使館などが協働するコレクティブ・インパクト型のプロジェクトとして、2020年10月にオープンしました。「プライドハウス東京レガシー」はLGBTQ+に関する情報発信を行う日本初の大型総合LGBTQ+センターであり、安心・安全の居場所であり、多様性に関するさまざまなイベントやコンテンツの提供を目指しています。
■「プライドハウス東京レガシー」の設立は、東京2020オリンピック開催の翌年以降(大会延期前は2021年以降)に予定されていたそうですが、オープンが前倒しになったのはなぜですか?
(松中さん)
コロナ禍によって「LGBTQ+であることによる生きづらさ」が深刻化していると知ったためです。新型コロナウイルス感染拡大が深刻化した2020年5月から6月にかけて、LGBTQ+のユースを対象に実態調査をしたところ、「安心して話せる相手や場所とつながれなくなった、つながりにくくなった(36.4%)」「LGBTQ+に理解のない家族等との同居が続いてつらい(73.1%)」といった実態が見えてきたんです。
東京2020大会に合わせた「プライドハウス東京2020」へ協賛をいただいていた企業の皆さまに「安心できる居場所が、今こそ必要なんです」とご説明したところ、15社全社が前倒しオープンに協賛費を充てることを快諾くださって、企業の理解が進んでいることを実感しました。
大人以上に居場所がなく、孤独・孤立の可能性が高い…。LGBTQ+ユースを受け止める「LGBTQ+いのちの相談窓口」
■「プライドハウス東京レガシー」では、2021年「LGBTQ+いのちの相談窓口」を設置し、「死にたいほどのつらい気持ち」を抱えるLGBTQ+当事者やその周囲の人が安心して話せる居場所を提供されていますね。
(松中さん)
LGBTQ+当事者は希死念慮(死にたいと願うこと)を抱えやすい傾向にあり、自殺率もヘテロセクシュアル(異性愛者)かつシスジェンダー(性自認と生まれた時に割り当てらた性別が一致する人)の方と比べて高いんです。例えば、ゲイ・バイセクシュアル男性は、異性愛者の男性と比べて自殺を図るリスクが約5.9倍にも上るという調査結果もあります。
知人や友人が自ら命を断ったと聞いたら、多くの方は「なぜ!?」とショックを受けられると思いますが、LGBTQ+の間では「最近、見かけないと思ったらそうなんだ…」と、性の在り方に関係する苦しさがあったのかもしれない…と想像してしまうことも。そのくらい、LGBTQ+にとって自殺や自傷は縁遠いものではありません。
「LGBTQ+いのちの相談窓口」は、基本的には対面で、専門相談員がじっくりLGBTQ+当事者や周囲の方の気持ちを受け止めています。
■子どもやユース(24歳以下の若者)が置かれている環境として、特徴的なことはありますか?
(松中さん)
人間は、ファーストプレイスと呼ばれる「家」、セカンドプレイスである「職場」「学校」、それ以外の居場所となるカフェや交流会といった「サードプレイス」を行き来して生きていることがほとんどですが、ユースは、ファーストプレイスにもセカンドプレイスにも居場所がないことが多いんです。
家に帰れば、家族がテレビ番組に出ている、いわゆる「オネェ系」と呼ばれるタレントの人を何の気無しに笑っていたり、学校で近しい友達から突然いじめを受けたりします。家庭、学校ともに居心地が悪くても、大人のように自分で居場所を選び取ることが難しく、つらい環境から逃れられないのです。相談できる相手も、身近にいないことがほとんどです。
■そんなとき、「プライドハウス東京レガシー」や「LGBTQ+いのちの相談窓口」のような「サードプレイス」が心のよりどころになるんですね。
(松中さん)
開設以来、「たとえ足を運べなくても、プライドハウス東京レガシーや相談窓口があるというだけで安心できる」といった声は多方面から頂いています。
「LGBTQ+いのちの相談窓口」以外にも、LGBTQ+や、そうかもしれないと感じているユース向けの支援プログラム「ラップアラウンド・サポート」や、交流会や、居場所づくりも行っています。オンラインでも相談できるので、一人で抱え込まずにアクセスしてほしいです。
▲相談用に設けている部屋は2パターン。開放的な一室と、周囲の環境からあえて一線を引いている一室。相談者の心理的安全性が保たれるように選択肢を用意しているという。
企業同士が連携し、企業とLGBTQ+ユースがつながれば、誰もが自分らしく働ける社会に近づける
■では、企業と連携してLGBTQ+の課題解決に動かれた事例はありますか?
(松中さん)
各企業が、「LGBTQ+の人々も自分らしく働ける職場づくり」を進めるきっかけを提供するプロジェクト「work with Pride」は、グッド・エイジング・エールズが事務局となって2012年から続いています。企業の人事・DE&I担当者だけでなく、大学生などもカンファレンスに参加しています。
また、グッド・エイジング・エールズ立ち上げ当初の企画の中には、LGBTQ+の当事者であり、社会で働く先輩からリアルな話が聴ける「LGBTシューカツ座談会」というものがあったのですが、これはLGBTQ+ユースに大好評でした。
LGBTQ+ユースの中には、「自分が社会で働いている姿が想像できない」という子も多いんです。「30歳まで生きている自分」すら思い描くことが難しいという声も…。
そんな状況にあって、実際に企業で働くLGBTQ+の先輩に会って話を聴くことは力になる。「自分たちが、働き場所や働き方を選べるとは思わなかった」と、目を輝かせる子もいます。働く時間は人生の大部分を占め、「生きていくこと」に直結します。このような活動も、LGBTQ+のユースのいのちを守ることにつながっていると思います。
■ロールモデルを身近で見つけづらいLGBTQ+当事者の、生きていく力になれる活動なんですね。グッド・エイジング・エールズがさまざまな企業と連携されていることで、若者に提示できる事例も多様になりそうです。
(松中さん)
そうですね。今は、社会課題も複雑になり、個人、個社で解決できることは少ないと思います。多様な人、組織、企業が連携することが必要です。
少し話が変わりますが、2022年7月に、日本コカ・コーラがLGBTQ+への理解促進を検討するあらゆる企業・団体のために「LGBTQ+アライのためのハンドブック」を無償公開されたことも、社会課題解決に向けた企業連携に役立ってくれそうです。すでに、パナソニックグループでハンドブックの導入が予定されていますし、プライドハウス東京の協賛企業を中心に、さまざまな企業・団体での使用を呼びかけていく予定です。
▲プライドハウス東京レガシーにはたくさんの書籍や企業情報が用意されている。
■LGBTQ+施策といっても、「何から取り組んでよいのか」と悩まれている企業にとっても、「ハンドブック」が活動のきっかけになってくれそうですね。
では、松中さんが、企業と連携していく上で課題だと感じられていることはありますか?
(松中さん)
企業の皆さんが社会課題解決に向き合う気持ちがあっても、大枠の仕組みが追いついていないことを歯がゆく感じます。例えば、企業がNPOと協働しやすい制度や、NPOの活動を促進できる法整備を進める必要性を感じています。
実は、「プライドハウス東京レガシー」が生まれたのも、「休眠預金の実行団体」に選ばれて事業を実施できたからですし、「LGBTQ+いのちの相談窓口」は、厚生労働省の交付金を活用して運営しています。仕組みの活用だけでなく、仕組みづくりにも挑戦し、必要な方に必要な支援を届けたいです。
また、LGBTQ+だけでなく、「多様性が尊重される職場環境づくり」は、10年単位で時間がかかると知っていただくことは大切だと思います。一度のセミナーやパレードの参加で、企業文化や社員の皆さんの考えがガラッと変わることはありません。「取り組む意義がある」と感じられた社会課題だけは、単年度予算に追い立てられずに取り組めるよう、会計制度から見直すといった変革も必要かもしれません。
一人ひとりの人権やいのちに向き合い、社会的インパクトを。LGBTQ+施策に取り組む企業とともに、多様な人々が平等に、健やかに生きられる社会を目指したい
■では最後に、松中さんが感じておられる「NEXT社会課題」について教えていただけますか?
(松中さん)
LGBTQ+に関するいのちの話は非常に繊細なので、一言に●●問題とくくるのは難しいですが…例えば、「#企業とLGBTQ+ユースがもっとつながれる問題」とさせてください。
以前、Visa Worldwide.のD&Iトップの方にプライドハウス東京の活動を説明した後に投げかけられたのは、「What‘s the impact?」という一言でした。「あなたたちの活動は、社会に対してどんな影響を与えられるのか」。その一点が、支援するか否かのポイントだと考えているのだと知り、今もその言葉が心に残っています。
企業と私たちのようなNPOが協働することで、LGBTQ+の子どもやユースが自分自身の存在を受けとめ、大切に思い、こんな自分になりたい、こんな未来を描きたいと思えるきっかけをつくる。高い自殺のリスクにさらされているLGBTQ+当事者のいのちと向き合う。それが、ともに実現すべき社会的インパクトだと思っていますし、ぜひ、仲間になってほしいです。
また、企業には社会を変えるパワーがあります。発言力も強く、政府へポジティブな提言ができる存在です。企業が、戸籍上同性のパートナーにも対応した福利厚生や就業規則の整備を行ったり、婚姻平等への賛同を表明したりすることは、LGBTQ+や多様化する家族が安心して幸せに暮らせる社会をつくり出す力になります。
この先も、全ての人が平等に、健やかに生きられる社会づくりを目指し、企業の皆さまと協働していきたいです。
編集後記
私には多様な性を自認し、表明している友人が何人かおります。このテーマに触れるとき、いつも彼・彼女たちの顔が思い浮かぶのです。最近企業による性の多様性を受け入れ発信するコミュニケーションが活発化してきていますが、そこにはLGBTQ+と一くくりにはできない、一人一人の「個」があることを決して忘れてはいけないと、今回改めて思いました。年齢も生活環境も、それこそレインボー、多様である人々のバックグラウンドがあります。子どもやユースはその「個」としての発信力がまだまだ弱く、置き去りにされがちな存在であることを、今回初めて知りました。私たちが企業や団体の皆さまとできることがもっとあると思います。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。