事例に学ぶパブリックアフェアーズ 新市場創造の為のルールメイキングと企業成長
岸田内閣「新しい資本主義」経済再生政策のひとつとして注目を集める「スタートアップ育成」。既存企業についても、スタートアップ連携によるオープンイノベーション促進等を通じた「付加価値創造」を目論んでおり、そのいずれもが「ルールメイキング」を通じた「新市場創造」を目指しています。
こうした中、高い関心を集めている、電動キックボードメーカーLuup。今回は、同社の取り組み事例を通じて、ルールメイキングと新市場創造をもたらす「パブリックアフェアーズ(PA)活動」のポイントについて、電通PRコンサルティングのPAコンサルタント・中(あたり)が紹介します。
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パブリックアフェアーズが注目される理由
電通PRコンサルティングでは、2018年より、「パブリックアフェアーズ(PA)活動」を本格的に展開しておりますが、近年、特にこの領域に対する社会の注目が集まっているようです。
その大きな理由が、スタートアップ企業の急成長や企業の新規事業の成功を支えている要因のひとつが、この「パブリックアフェアーズ(PA)活動」だから。実際、豊富な調達資金を元手に、社会課題を解決する仕組みづくり、すなわち「ルールメイキング」のための「パブリックアフェアーズ(PA)活動」に取り組み、市場機会の創出、収益化を図り、ビジネスモデルに対する市場評価が得られるケースがスタートアップでも相次いでいます 。
今回は、この「パブリックアフェアーズ(PA)活動」がもたらす「ルールメイキング術」と「新市場創造」について、紹介します。
以下引用「パブリックアフェアーズ活動の定義」
「企業、組織が自社のビジネス環境を把握し、よりよい環境にすべく働きかけていく活動。この活動の中には政策関係者との関係構築、イシューマネジメントなどを通じて公共政策へ影響を与え、企業の評価を高めるとともにステークホルダーとの理解を深めていくことも含まれる」(米国Public Affairs Council)。
Public affairs is an organization’s efforts to monitor and manage its business environment. It combines government relations, communications, issues management and corporate citizenship strategies to influence public policy,build a strong reputation and find common ground with stakeholders.
https://pac.org/about
これまで日本では、「ルールは守るべきもの」という意識が強く、「ルールメイキングで新しいビジネス機会を創出する」という発想が強くはありませんでした。
しかし近年、企業は、生活者に不便を強いられている “社会課題”に注目することで、高い視座からの「アジェンダ設定」と「新しいルールメイキング」にむけた活動により、結果新市場を創造。成功を収める企業が数多く生まれ始めています。
新市場創造に苦しむ日本企業
下のグラフは、経済産業省が2021年に発表した、「ルールメイキングを用いた社会課題解決型ビジネスの創出に向けた行動指針『市場形成力指標Ver1.0』」の中で紹介されたもの(出所:財務省 法人企業統計年報)。
2009年~2019年で、日本企業は売上高を1.1倍しか拡大する事ができませんでした。つまり、日本企業が市場創造・拡大に苦しんできた事がわかります。
経済産業省「『市場形成力指標Ver1.0』ルールメイキングを用いた社会課題解決型ビジネスの創出に向けた行動指針」より https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210421007/20210421007.html
経済産業省では、このデータをふまえ、「社会課題の解決が市場で価値として評価されるための仕組みづくり」、すなわち、ルールメイカーの必要を説きます。
以下引用(原文ママ)
SDGsやWell-beingといった社会的価値は、年々その価値を高めています。例えば、2017年に行った試算では、SDGs関連ビジネスの潜在的な市場規模は2,449兆円であり、市場形成に成功すれば巨大なビジネスとなり得ます。しかしながら、社会課題は、そもそも市場原理では解決されないために顕在化している課題であるため、単に解決するだけでは市場から必要な対価を得られず、ビジネスが成立しません。こうした領域で持続的に事業を実施するには、社会課題の解決が市場で価値として評価されるための仕組みづくり(ルールメイキング)を行う必要があります。
他方、①ルールは守るものという意識が強く、ルールメイキングを事業に活用する発想がないこと、②ルールメイキングには「品質・性能・価格」を高める取組とは全く別のスキルが求められるため、方法が分からないこと、③ルールメイキングを実現するには中長期的な時間を要するため、短期的な利益に追われる経営層の理解が得られにくいことなどの課題から、多くの日本企業はルールメイキングを苦手としてきました。
そこで、経済産業省は、ルールメイキングを活用した社会課題解決型ビジネスの創出に取り組んでいる企業を調査し、市場形成を実現するために必要な潜在能力(市場形成力)の研究を行いました。結果、市場形成力は、以下3つの能力から構成されることが分かりました。
経済産業省「『市場形成力指標Ver1.0』ルールメイキングを用いた社会課題解決型ビジネスの創出に向けた行動指針」より https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210421007/20210421007.html
ルールメイキングと企業成長
一方、2021年、経済産業省・日本規格協会による10000社を対象とした「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」の中では、「ルール形成型市場創出に積極的に取り組んできた企業は成長率が高い傾向にあった」と結論付けている事にも目が離せません。
「経済産業省・日本規格協会「新しい市場創出のためのルールメイキングセミナー」資料P.11
https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220322008/20220322008-4.pdf
LUUPに学ぶ「ルールメイキング」
「パブリックアフェアーズ(PA)活動」に注目が集まる理由、それはこの領域に関する政府の動きが活発になっていることも挙げられます。
岸田内閣の「新しい資本主義」の旗揚げとして、2022年8月にスタートアップ新組織を立ち上げ、スタートアップ育成5カ年計画策定に向け動いています。国の規制により、膠着(こうちゃく)している、あるいは一部の生活者が「不」(不便、不利益など)を被っている業界にルール変更と民間の活力機会を設けることで、市場創造を図っていくものです。
特にこの中で、パブリックアフェアーズ活動を通じ市場に風穴を開け、新しい動きを示した企業として注目を集めているのが、電動キックボードメーカーLuupです。本年2022年4月19日に道路交通法が改正となり、話題となりました。
² 年齢制限は16歳以上で免許不要
² ヘルメット着用は努力義務
² 最高速度は持続20km(現在は15km)
ここに行きつくまでには、3年以上のLuup岡井大輝社長の長い忍耐と根気強いパブリックアフェアーズ(PA)活動があったといいます。
本来、電動キックボードは、運転免許証の携帯、ヘルメットの着用など複雑な規制があり利用が日本の国内市場では拡大してきませんでした。これに対し、岡井社長はパブリックアフェアーズ活動において、各ステークホルダー、およびルールメイカーとの「対話型」を選択しました。
この活動には大きく三つのポイントがあったと思います。
Luupのパブリックアフェアーズ活動 三つのポイント
①社会課題起点のアジェンダ設定(ソーシャルバリュー)
一つは社会課題起点のアジェンダ設定にあります。交通事故、違法利用者など都市部の視点では到底道路交通法のルール変更などできないものです。
このハードルの高さに対して、観光人口、地方レジャー視点からの地方における観光需要喚起に向けた回遊性と交通インフラの限界など、「ラストワンマイル移動範囲の拡大」をアジェンダとして掲げたことが大きかったといえます。
2021年は、長引くコロナの影響から、地方の観光産業はコロナ疲労が顕在化しており、併せて電車バスなどの交通インフラも業績悪化に伴う廃線、路線廃止などの動きが増加傾向にあります。こうした中、電動キックボードが果たす役割が、単純な都市部発想だけでは一律に決められない状況にある事も重要です。
②自治体との連携(エビデンス)
二つ目は「自治体を味方につけた」というのが大きいと考えます。
Luupでは、前述の外部環境を背景に、数々の自治体の協力を取り付けて、実証実験の実施に真摯、かつ積極的に取り組んできました。
2022年1月までの実績距離数でみても、「マイクロモビリティ推進協議会」参加5社の中で、各社約200km~4万km実績の中、同社の実績は群を抜いて多く、約85万kmの累計実績を誇ります(※)。
また、この実証実験は中立派、反対派の方も参加し、さまざまな議論がなされており、統計的なデータも政府にも提示されています。
(※)「電動キックボード実証実験の結果概要及び安全対策」(マイクロモビリティ推進協議会2022年3月)P13より https://www.mlit.go.jp/common/001469846.pdf
Luupリリースより「MaaS議員連盟マイクロモビリティPT」2021年4月22日開催配布資料」から一部抜粋 https://luup.sc/news/2021-04-22-maas-pt/
この実証実験実施のプロセスにおいて、「自治体の期待、地元の世論を味方につけた」岡井社長の手腕は素晴らしいと言わざるを得ません。現に2019年4月には、多摩市、奈良市、浜松市、四日市市、横瀬町の5自治体と電動マイクロモビリティ連携協定を締結しています。
ごく当たり前のことですが、政治家であるルールメイカーはあくまで、“票に結び付くのか?”というのが常につきまとうことになります。米国でのuberタクシーも同様のことがありましたが、世論の後押しというのはルール形成において大変重要な要素となるのです。
③ルールメイカーとの連携(エンゲージメント)
三点目が「(政府を含めたルールメイカーへの)エンゲージメントを図った」点に集約されます。
業界団体を設立し、長として、規制改革会議に参画し、ルールメイキングそのものに意見を提示しています。
Luupの岡井社長は、電動キックボードメーカー合同の業界団体「マイクロモビリティ推進協議会」の会長でもあります。業界団体としての意見となることでより公益性という視点での意見が求められ、社会に根差した「価値づくり」のアジェンダが求められます。
二点目の各地方自治体での世論の後押しや実証実験データなどは単なる情報提供による陳情では意味がなく、ルールメイカーに働きかけて初めて威力を発揮します。
まさにこのエンゲージメントで発揮されたのだと推察します。
アジェンダ設定は価値づくり
最後に、Luupの事例を参考に、市場創造/ルールメイキングの為のパブリックアフェアーズ活動について、整理します。
Luupのケースを見て感じるのは、「負の側面」からこれもダメ、あれもダメということで、ネガティブ要素を前提に動く前に諦めるのではなく、「これがあることでこんなに世の中便利になる」というアジェンダ設定、すなわち、社会の役に立つという“価値づくり”を起点に中長期で進めていく根気強さと忍耐がルールメイキングにつながるという事です。
そして、その先に広がるビジネスチャンスと新市場。これがパブリックアフェアーズ活動の本来的な意義ではないでしょうか?
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