【事例に学ぶ危機管理広報】謝罪会見、記者会見の変遷に見る傾向と対策
突如発生する企業クライシス。ソーシャルメディアが浸透し、リモートワークが進むなど社会やコミュニケーション環境が大きく変化する中、これまでになかったような事例も数多く発生しています。
今回は、20年以上にわたり企業の経営層の方々に向けて、危機管理広報や謝罪会見、記者会見についての講義・トレーニングを行っている、電通PRコンサルティング、ステークホルダーエンゲージメント局PA&危機管理広報コンサルタント青木浩一が、最近の企業クライシスに関する傾向や特徴、その対策や発生した時の心構えについて解説します。
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クライシス事例の変遷と最近の傾向
―まず、この20年間における大きな変化について教えてください。
日本において、「危機管理広報」「クライシス対応」というキーワードが世に広まったのは、2000年に発生した食品会社の事案以降であったかと思います。以来今日に至るまで、事件や事故などが発生した時に「メディアを通じていかに適切な謝罪を行い、適切な収束につなげるか」が対応の最も重要なポイントでした。
しかしここ最近、記者会見はネットでライブ中継されるようになり、メディアだけではなく極端に言えば「誰もが見られる」ようになったことが非常に大きな変化だと感じています。
株主や取引先をはじめ、社員はもとより一般の方も中継(または動画サイト)で社長の話しぶり、謝りぶりを見ることができるわけです。
以前に比べると多くの人の目に直接触れることによって、その企業や組織のレピュテーション、すなわち信用・評判が下がったり、上がったりする世の中になったなという印象です。
―この変化が象徴する事例はありますか?
2023年2月、JAXA(宇宙航空研究開発機構)による記者会見がありました。これは、「H3」ロケット初号機の打ち上げが中止されたことによるもの。
会見中、ある記者が「意図しない中断ということは“失敗”では?」という質問を執拗(しつよう)に投げかけるとともに、JAXA側の回答に対しては、最後に記者は「それは一般に失敗と言います。ありがとうございます」という投げやりな言葉で締めくくりました。
このことが大きな波紋を呼んだことは、記憶にも新しいと思います。ソーシャルメディア上では、「記者の捨てぜりふ」として、多くの著名人やユーザーから苦言が呈されました。
デジタルデバイスやソーシャルメディアがこれほどまで浸透する以前であれば、どうだったでしょうか。
おそらく一般生活者の方々は、これが記事になった時の、「失敗」という見出ししか見ることはなかったでしょう。
しかし、今は違います。この時はJAXAの公式チャンネルでもライブ中継をしており、一連のやりとりを眺めて、挑発質問や誘導質問へのJAXAの冷静な対応を評価する声も多くあがりました。
―クライシスに発展するケースにおいて、近年の特徴的な傾向を教えてください。
ソーシャルメディアの浸透により、多くの人が自ら発信し、それを受け取ることができる環境になってきました。
これにより、ソーシャルメディアを通じた発言がきっかけとなって、クライシスに至るケースが非常に増えています。とくにLGBTQやハラスメントなど、特定のテーマでの発言が炎上し、その結果、謝罪会見を行うにまでの事態に至ってしまった、という事例が多くなってきています。
また「社内コミュニケーション」を遠因としたケースも増えています。
例えば、あるメーカーによる「検査偽装」や「製造ルールの無視」といった事例。これらは従業員の高齢化によってリタイアしていく人が増える一方、企業として十分な人材の補充ができておらず、技術や知識の伝承ができていないことも背景として挙げられますが、何よりも注視すべきは経営層と現場間のコミュニケーションです。
とくに現場の独立性が尊重されるあまり「(コンプライアンスの重要性を)経営陣としては伝えていたが、現場に伝わり切っていなかった(耳を貸さなかった)」といった事例が多く発生しています。
いわゆる昭和型のトップダウンのコミュニケーションがもはや機能せず、企業としてのアップデートが進んでいないということを強く感じます。
クライシス発生時の「準備」と「判断」が企業の評価を決める
―クライシス発生時の注意点について教えてください。
改めて認識しておきたいのは、「準備」の有無と「判断」の是非が、情報開示の際にそのまま反映されるということです。
危機管理広報マニュアルを制作する企業も増えてきましたが、記者会見を実施するかどうか、その際の情報の開示方針や範囲(何を、どこまで、どのように)などは、発生した事案の話題性はもとより、その時の社会情勢や他社の動きなどを含めての判断となるため、マニュアルで全てカバーできるものではありません。正解は一つではないということをしっかりと意識することが重要です。
最近では「記者会見をすること」のみが正解ではなくなってきています。
公式の動画チャンネルやSNSなどを活用して直接謝罪や説明を行うケースも増えてきています。
対応のスピードや企業イメージ、社長のキャラクター、本当に謝罪すべきステークホルダーは誰なのかなどを踏まえて適切な手法を選択することが必要です。
―実際に謝罪会見を行う時の注意点について教えてください。
重要なのは、会見全般を通じて「ミスを少なくする」(余計な批判を招かない)ということです。
会見は「謝罪」「説明」「質疑応答」で構成されます。記者は「当事者のおわび」と「何がどうして起こったのか」とのニュースを報じるために集まってきているわけですから、それを見出しや写真などでどのように強調できるか、というスタンスで臨んでいます。
そのため先のJAXAの事例のように引き出したいコメントを取るためにひっかけ質問をしたり、執拗に質問を繰り返すことで感情的なコメントや表情、しぐさを狙うこともあります。
このようなもくろみに対峙するためには、端的に言えば、切り取るようなものが見つからないようにすることが大切です。
終始感情的にならず、おわびの姿勢は崩さず冷静に向き合うこと。
「お騒がせをしました」「ご迷惑をおかけしました」「ご心配をおかけしました」といったように、どのレベルでおわびをするのかを決めておくなど、言葉一つ一つも精査、吟味しながら準備を進めたいものです。
クライシス発生時の会見登壇者と司会の役割
―会見登壇者 の選定はどのように考えたら良いですか。
誰が登壇するかということは大切なポイントです。
基本的にはまず社を代表して謝罪するのに適した人、そしてその事案に対してきちんと細かで分かりやすい説明ができる人を、役割分担を決めた上で送り出すことが重要です。トップ一人で臨む会見もよく見られますが、長い時間多くの質問に即座に回答するのはかなりの胆力を必要としますので、可能であれば複数での登壇をお勧めしています。
また司会者の重要性も忘れてはいけません。
司会者は登壇者の説明の際に目を光らせ、事実や数字の誤認があった場合は訂正メモを渡すなどの対応をします。
質疑応答の際も会場の人数を踏まえながら一回当たりの質問数を設定する、複数の質問が寄せられた際に整理をしたり、「3問目は…」など登壇者が内容を忘れた際にリマインドしたりするなど、スムーズに進行するためのさまざまなサポートをすることになります。
また閉会に向けて司会者が会場の空気を読みながら、少しずつ記者の興奮を静めていくことも必要です。
今年2月に、老舗温泉旅館が大浴場のお湯換えを年2回しか行っておらず、レジオネラ菌が大量発生していたことが発覚し、記者会見に至ったケースがありました(最終的にとても残念な結末を迎えてしまいました)。
この時は進行役がおらず、次から次へと発せられる記者からの質問に対して、登壇された社長は、目の前の記者に向き合うことに終始せざるを得なくなってしまったのでしょう。お客さまや取引先など、その先にいるステークホルダーが見えなくなってしまっていたのかもしれません。
登壇者、司会者を適切に設定することの重要性がよく分かる事例だったと思います。
なお、司会者は広報セクションが担当することが多いと思います。私どもが提供しているトレーニングでも、こうした司会者の差配に関する指摘を忘れないようにしています。
平常時対策としての「社内コミュニケーション」活性化
―危機管理広報に関する平常時の心構えや対策について教えてください。
当たり前ですが、不祥事や事故・事件は起こさないこと、起きないようにすることが重要です。
では「どのように起こさないか」ということを考えると、その多くは「社内コミュニケーション」の問題に行き着くと考えています。最近はリモート勤務が増えたこともあり、社内の雑談によるメリットなども減っており、社内コミュニケーションをいかに活性化させるかが、どの業種においても課題になっています。
経営層と製造拠点や事業所間、海外拠点と日本の本社間のコミュニケーションなど、普段、意思の疎通に距離が生じがちなところはとくに注意が必要ですね。
不祥事を未然に防ぐことのみならず、ひとたび危機が発生した際にも「社内コミュニケーション」はとても重要です。報告や連絡、指示などがいかに迅速かつスムーズに行えるかが、クライシスコミュニケーションの大事なポイントとなります。
なお、謝罪会見の中でよく(再発防止策を聞かれて)「社内教育・研修にしっかり取り組みます」というコメントがあります。しかしながら「言うはやすし」。企業として本当に意味のある研修、つまり受講者の視点にも立って“自分ゴト化”ができる研修を目指したいですね。
まずは、「社内コミュニケーション」、そして、危機管理研修や対策トレーニングなども含む「社内研修」の在り方を「重要な経営課題」として捉え、取り組んでいくことをお勧めします 。
私たちも、お客様から「ためになった」と言われることを目指して、プログラムにさまざまな工夫を凝らしています。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
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