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「ビジネスと人権」から考える 企業のあるべき情報発信

去年からことしにかけて「ビジネスと人権」は企業広報の大きなテーマとなり、事案に対する各社のスタンスや姿勢が問われました。

これまでの「嵐が過ぎるのを待つ」「各社が歩調を合わせる」といった消極的な広報対応では不十分と見なされ、企業には自社の見解を明確にし、人権侵害の疑いのある取引先等に対話を通じて改善を促す役割が求められています。

「ビジネスと人権」の専門家である蔵元左近弁護士に、あるべき企業広報の姿勢や対応について聞きました。

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蔵元左近(くらもと・さこん) 弁護士

蔵元国際法律事務所の代表弁護士。ESG・ビジネスと人権・環境が専門。
国内外の企業の法務/コンプライアンス/サステナビリティ部門へ助言。
『詳説 ビジネスと人権』(現代人文社)共著者の一人。


目次[非表示]

  1. 1.不祥事から人権問題という意識に
  2. 2.ただ関係を切ることは、臭い物にふたをすること
  3. 3.「ビジネスと人権」の観点から取材に対する回答は一択
  4. 4.人権侵害 「疑惑」への対応は
  5. 5. “ビジネスと人権に関する指導原則”が 経営や情報発信の“北極星”“羅針盤”に


不祥事から人権問題という意識に


去年、芸能界を中心に、性加害やその疑惑、長時間労働やハラスメントが社会問題になりました。大手芸能事務所(以下、事務所)の創設者による性加害問題で、被害者の支援を行っていた蔵元弁護士は次のように振り返ります。

「事務所の性加害問題は、メディア、広告代理店、スポンサー企業、一般企業の経営者や責任者の意識、日本の社会全体の意識を大きく変えました。これまで日本はハラスメントを含めてスルーをする意識がありましたが、そういう被害に対して社会の皆さんが鋭敏になった感覚があります。不祥事というより、『被害者が実際に傷つけられている人権問題だ』という意識に変わりました」
社会の意識が変わった理由について、蔵元弁護士は、ニュースを見聞きした人々がその被害を“自分事”として捉えるようになったからだと話します。

「『共感』がポイントでした。共感できれば自分のこととして捉えて、それまでよりも問題の解像度が上がり、意識も高まります。被害者の方々が子どもの時に受けた被害を自分の言葉で生々しく語られたことで、匿名の被害者ではなく顔を持った生身の人間だと受け止められ、『自分自身と地続きのこと』として捉えられたのではないでしょうか」


ただ関係を切ることは、臭い物にふたをすること


一連の問題では、事務所の対応だけでなく、所属タレントをCMなどの広告宣伝活動に起用する企業や団体の姿勢も問われました。信用調査会社のデータ(1)によりますと、事務所側が性加害の事実を認めてから約1カ月の間に、所属タレントをCMで起用している上場企業65社のうち約半数の33社が「放映等の中止」「契約更新しない」という方針を表明しています。その結論に至った経緯や理由を明らかにした企業は多くありません。蔵元弁護士は「ビジネスと人権」の考え方がまだ広がっていないことに、じくじたる思いがしたといいます。
「臭い物にふたをするというか、自分に降りかかってくる火の粉をただ振り払うことが、まさにその関係を切るということです。とりあえず自社のリスクを遮断して、自分の身を守りたいことが明らかに透けて見えました」

(1)帝国データバンク 「特別企画:「ジャニーズタレント」CM等起用の上場企業動向調査(2023年9月30日時点) ジャニーズ起用「見直し」停滞」2023年10月2日 <最終閲覧2024年6月11日>


「ビジネスと人権」の観点から取材に対する回答は一択


企業はタレントの起用方針や事務所の対応に関する評価について、メディアから取材を受けることになりました。週刊誌の報道(2)(3)を見る限り、企業の回答は下記の六つのパターンに大別されます。

週刊誌の取材に対する企業の主な回答パターン


                                                                                                                               週刊文春電子版の記事をもとに筆者が作成 

(2)週刊文春電子版「〈回答全文公開〉ジャニーズ事務所スポンサー116社+テレビ局6社独自アンケート「説明文書の評価は?」「ジャニー氏の性加害への見解は?」」2023年4月26日<最終閲覧2024年6月12日>

(3)週刊文春電子版「〈回答全文公開〉ジャニーズ性加害問題 スポンサー116社+大手広告代理店3社へ緊急アンケート「ジュリー社長の動画と文書は説明責任を果たしたと思うか?」」2023年5月24日<最終閲覧2024年6月12日>


このうち、企業としての最適解はどれでしょうか。蔵元弁護士は、事務所に対して問題の調査や対応を要請することを世間に対して明らかにする⑥、一択だと言い切ります。

「一定期間のうちに『こういったことをやってください』『ここまで至れば関係を停止・終了します』ということを言わないといけません。全てを開示できないにしても、企業としてのメッセージを一定程度、発する必要があります。情報開示は『ビジネスの人権』に関する国際規範からも求められています」

こうした広報対応を実践した数少ない企業として、蔵元弁護士は、大手非鉄金属メーカーとビールメーカーの例をそれぞれ挙げました。

非鉄大手の1社は去年9月、当時事務所に所属していたタレントの広告起用を継続することを発表。その際、事務所の人権問題の改善・是正に関与していく方針をニュースリリースに記載していました。この中で「被害実態の徹底的な調査」「十分な救済措置の実施」「さらなる人権侵害の防止」を要請したことを明らかにしています(4)。事務所からタレントが独立し、自社と事務所の取引関係がなくなった後も、この要請に関する事務所の取り組みの状況を独自にモニタリングし、事務所側に見解を伝えていることも発信しました(5)

ビール大手の1社は去年9月、「現在起用しているタレントの契約満了をもって今後起用しない」としていましたが、ことしの3月にそのタレントとの直接契約に切り替えたことを発表しました。「この問題に直接関与のないタレントに活躍の機会が与えられないことは、タレントの人権を尊重する観点で悪い影響が生じてしまうことも懸念」とした上で、事務所との直接の取引関係を解消しても働きかけを続け、「企業としての責任を果たしていく」方針を表明しました(6)

「『起用を続ける』と表明することには、批判があったと思います。でも逃げずにここまで明確なメッセージを出せるのは素晴らしいです。タレントと直接契約に切り替えた企業も、なかなか時間がかかったと思いますが、しっかりやり切って経緯を表明しました。ソーシャルメディア「X」で見る限り、タレントのファンも喜んでいて、企業に対する支持が広がりました。広告も含めてすごく創造性があります。こういうことをもっと日本企業にやってほしいと思います」

(4)https://www.smm.co.jp/news/release/2023/09/001744.html
(5)https://www.smm.co.jp/news/release/2024/02/001805.html 
(6)https://info.kirinholdings.com/down.php?attach_id=12&otype=1 


人権侵害 「疑惑」への対応は


取引先の人権侵害が「疑われる」段階における企業の対応は悩ましいです。記憶に新しいのは、去年の暮れに報道されたお笑いタレントの性加害疑惑。このタレントは疑惑を否定し、報道した週刊誌の編集長と版元の会社を名誉棄損で提訴しました。被害者・加害者とされる双方の言い分が違うとき、放送局やCMを出稿する企業はどう対応すべきなのでしょうか。

「私がテレビ局やスポンサー企業のアドバイザーだとしたら、『(タレントの起用を)やめた方がいい』とは言いません。さらなる究明が必要かつ性的な行為への同意はそもそもすごく繊細なものです。タレントも全否定をしています。そういう意味では絶対的に『これはこうだ』と推認できず、CMをやめる、テレビ局が番組を放送しないと決め切れないと思います。ただ、テレビ局やスポンサー企業は意思を表明すべきです。『非常に懸念している』ことと『テレビ局、スポンサー企業としてとるべき手段を使って調査もしたい。いろいろ働きかけもしたい』と発信し、実際に行う必要があります」

「懸念をしている」にもかかわらず、人権侵害の疑われるタレントを起用すれば、視聴者や顧客からの批判を避けられないのではないかと問うと…。

「そういう方がいらっしゃるのは分かります。ただ実際に裁判が進行して、タレントが勝訴した場合、そのタレントの名誉の回復も大事です。そのときテレビ局の態度が問われます。疑惑の段階で起用を取りやめれば、テレビ局は確かに短期的に批判をかわすことはできるのかもしれません。ですが、中長期の目線では企業としての利益は損なわれないのか。とるべき態度をとることで、中長期的な企業の利益は守られます」


 “ビジネスと人権に関する指導原則”が 経営や情報発信の“北極星”“羅針盤”に


企業に向けられる消費者の目線は厳しいです。近年は消費者それぞれが社会課題を考慮して、その解決に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行う「エシカル消費」が広がっています。一方、著名人や企業などの言動を糾弾し、社会的に排除する「キャンセルカルチャー」の風潮も見られます。

「消費者がその企業に対して倫理的なビジネスを求めるのは、ある意味企業が巨大な影響力を持っていて、社会にいろいろな影響を及ぼしているからです。企業は一種の公的な存在、公的な役割を果たす組織だから、それに伴う責任をちゃんと果たしてくださいということではないでしょうか」

サプライチェーン上で法律違反や人権侵害が明確に認められる場合、企業のとるべき態度や対応は定まりやすいです。しかし、多様な価値観が広がるいま、人々が「不適切」とする言動の線引きはあいまいで、判断に迷うケースも増えています。

「企業として何らかの経営判断や情報発信をしていく必要があります。そこで指針となるのは国際的に確立された理論、または原則です。企業の社会的責任やエシカルなビジネスは個々人の価値観でいろいろな判断があり得ますが、そこに北極星や羅針盤として、一定の判断指針を与えてくれるのが国連の『ビジネスと人権に関する指導原則』といった理論的なコンセプトなのです」

写真撮影:平林未彩

引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。


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山田 美樹
株式会社 電通PRコンサルティング ステークホルダーエンゲージメント局PA&危機管理広報コンサルタント テレビ局の記者として約10年間勤務。このうち6年にわたり、青森県・福島県で事件・事故、選挙、災害、行政を中心に、一般の生活者から企業、官公庁まで幅広く取材。その後、東京で全国放送のニュース番組の制作を担当した。 2021年より現職。企業・組織の危機管理広報を支援。メディアの視点を生かしたリスクコンサルティングを実施している。そのほか報道論調分析、危機管理広報マニュアルの作成、模擬記者会見トレーニングの講師・記者役などに従事している。

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