【「企業広報」10年の変遷を考える】データドリブンな企業広報へ
「企業広報戦略研究所」は、「企業広報(コーポレート・コミュニケーション)の発展」を目的に、株式会社電通パブリックリレーションズ(現:電通PRコンサルティング)の社内シンクタンクとして、2013年12月に設立されました。2013年当時は、まだまだ宣伝やプロモーションの一環と捉えられることが多かった「広報・PR」。その後の社会変化、企業経営への期待の変化に合わせて、その役割も大きな変化を遂げてきました。
今回は設立当初から当研究所の一員として、各種調査、研究、発表に深く関わってきた3人の研究員に集まってもらいました。10年間の変遷や現在地を振り返ることを通じて、今求められる「企業広報(コーポレート・コミュニケーション)」のあるべき姿をご提案します。
※研究員のプロフィール
本記事末尾をご覧ください。
※「企業広報戦略研究所」について
大学の研究者や企業経営・広報の専門家と連携し、企業の広報戦略・体制などについて調査・分析を行う電通PRコンサルティング内のシンクタンク。従来は広報担当者の経験を通じて蓄積されることが多かった広報分野の知見において、当研究所では広報活動や危機管理に関する実証的な研究を行い、データに基づく客観的な分析による知識創造を試みています。広報の基礎理論から応用までの研究を通じて広報の発展に寄与することを目的とし、「話題づくり」のみならず、企業の「価値づくり」を通じて、企業の皆様の新たな成長を支援します。
詳しい調査、研究内容については、下記リンクよりファクトブックをダウンロードしてご覧ください。
目次[非表示]
データとエビデンスに基づいた「企業広報」を目指す理由
――まず、「企業広報戦略研究所」が設立されたきっかけや目的を教えてください。
阪井: 研究所を設立した、2013年ごろの社会環境からご紹介します。当時は、2011年3月に発生した東日本大震災を経て、ボストン・マラソンのテロ事件、鳥インフルエンザの流行などがありました。混沌(こんとん)とした状況だったといっても過言ではありません。
その一方で、日本国内では、2012年末には先の見えないデフレ経済からの脱却を目指して「アベノミクス」を掲げた第2次安倍晋三内閣が発足。その後、2013年9月には東京五輪の開催が決定、12月にはユネスコ無形文化遺産に「和食;日本人の伝統的な食文化」が決まるなど、国内でもやっと前向きな話や気運が出現し始めていたように記憶しています。
また当時は、情報環境が劇的に変化を遂げている時期でもありました。iPhoneが2007年に発売。翌2008年にTwitter(現X)日本語版がサービスを開始、2012年ごろには、日本国内でも情報端末として「スマートフォン」が定着しました。そこで出てきたキーワードが「1億総ジャーナリスト社会」。「四大マス」(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)と呼ばれるような、マスメディアでなく、生活者誰もが情報受発信できる時代が本格的に到来したのです。
スマートフォン個人保有率・ソーシャルネットワークサービス(SNS)利用率・3.9G(LTE)の契約数の推移
(出典)総務省「通信利用動向調査」「電気通信サービスの契約数及びシェアに関する四半期データの公表」(※情報通信白書平成29年度版)
こうしたメディア環境の変化を受けて、生活者も自身の体験や見聞きしたことを通じて、企業に対し「神対応」と称賛したり、ひどい対応が撮影・投稿され炎上したりするなど、企業の立ち振る舞いがこれまで以上に注目されるようになりました。その中で、「企業の広報活動は今まで通りでいいのだろうか?」「ほかの企業は何をやっているのか?」という問い合わせが多く集まるようになりました。
末次:それまでの企業広報活動は「経験と勘」に頼ることが多く、またマスメディアを対象とした「報道対応」中心に活動を行う企業がほとんどでした。そのため、「企業広報」の在り方そのものを相対化する必要を感じる方も、まだまだ少なかったのかもしれません。
とはいえその一方で、2013年当時の安倍内閣は、長引くデフレ経済対策として、金融緩和、財政出動、成長戦略の「三本の矢」による「アベノミクス」を提唱しており、とくに金融緩和政策は、円安・株高に連動する形で輸出や設備投資が増加しました。外需、内需ともに拡大し、雇用増加効果も得るなど、意欲的な企業成長に取り組む機運が高まってきた時期でもありました。こうした中、「企業広報」は経営の一機能であるとして、企業成長を支えるためのコミュニケーション活動の在り方を模索する方々から、数多くのご相談も頂いていました。
そこで、こうした企業の皆さんからの声を受けて、属人的な経験に左右されるだけでは建設的な議論すら難しい「企業広報」そのもののアップデートと、企業成長への貢献を目的に、当社社内研究機関として「企業広報戦略研究所」の設立が決定しました。改めて、本来の企業広報、パブリックリレーションの活動意義に立ち返るとともに、大学研究者や企業経営・広報の専門家と連携して、データとエビデンスに基づいた「企業広報」の在り方に関する調査、研究、提言を実践してきました。
2015年7月、企業広報戦略研究所主催「成長戦略シンポジウム『成長戦略が切り開く~アベノミクスで進むコーポレートガバナンス改革、国家戦略特区~』」
「企業広報力調査」を皮切りに、関心の高いテーマをデータで可視化
――そこで、まず取り組まれたのが「企業広報力調査」なのでしょうか。
阪井:はい。企業ごとに広報活動の意識や基準がバラバラの状態だったこともあり、各企業の広報活動を横串で見ることができる指標が必要だと思いました。2014年に実施した「企業広報力調査」は、企業の広報活動を俯瞰(ふかん)して「情報発信力」「戦略構築力」「危機管理力」など、当研究所独自に定めた指標「8つの軸」で広報力を分析する調査です。
広報活動オクトパスモデル
回答いただいた企業ごとに「広報活動オクトパスモデル分析」による評価スコアを算出。企業全体や業種ごとの平均値と自社のスコアを相対比較することで、自社の広報活動のレベルを把握することができるようになっています。
■ご参考資料
戸上:企業広報力調査は2年に1度実施し、協力いただいた企業の方々には調査のフィードバックを行っているのですが、総じて非常に分かりやすかったという評価を頂いております(2014年度日本PR協会「PRアワードグランプリ」で「イノベーション/スキル部門」最優秀賞を受賞)。
ある企業広報ご担当の方々からは「これまでは、自社の企業広報活動における評価基準を定めることも難しく、また、自社の広報活動が同業種の中でどの立ち位置にいるのか、といったことを知ることも難しかった。が、これによって、今自社が取り組むべき企業広報の課題や目標を、経営層や部内で積極的に議論することが可能になった」「企業広報活動の実態が可視化されることで、戦略的な広報計画策定やコミュニケーション投資が可能になった」などといった声も寄せていただいています。
また、本調査結果をベースに2015年に上梓(じょうし)した「戦略思考の広報マネジメント」(日経BPコンサルティング)は多くの企業広報担当者に手に取っていただき、企業だけでなく団体、官公庁などからも「本を参考に広報力チェックをしています」などというお声を今も頂いています。
――続けて実施したのが「危機管理力調査」や「魅力度ブランディング調査」ですね。
末次:普段から広報活動に取り組んでいても、世の中の環境の変化には意外と気付けないもので、それを明らかにして伝えていくことがわれわれの使命だと考えています。そこで、企業広報力調査以降は、この調査結果を基に、企業が高い関心を持つテーマをもっと調査していこうということになりました。
「第1回企業広報力調査」実施後に定例研究会を開催した際、参加企業からの注目が最も高かった項目が「危機管理力」でした。それは、オクトパスモデルの「危機管理力」のスコアが全体的に低かったということも関係していました。そこで、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センターと共同で「企業の危機管理に関する調査」を実施しました。
2015年にリリースした「第1回危機管理力調査」では危機管理の「予見力が低いこと」や、「ソーシャルメディア領域やグローバル領域での対策が後手に回っていること」「危機管理に関わる人員不足が課題ということ」が明らかになりました。これらについても、東京大学と共に発表を行い、回答にご協力いただいた企業にフィードバックするとともに、リリースや学会、業界などを通して、啓発活動を行いました。また日本PR協会に加え、国際PR協会(IPRA)においても「ゴールデン・ワールド・アワーズ・フォー・エクセレンス」(GWA)を受賞。国際的にも高い評価を頂きました。
■ご参考資料
2019年11月、東京大学大学院 情報学環総合防災情報研究センター(CIDIR)共催「企業のリスクマネジメントに関する調査報告」(東京大学内小柴ホール )
戸上:続けて実施したのが「魅力度ブランディング調査」です。社内の広報体制・活動などのデータはそろってきたので、生活者や個人投資家といったステークホルダーが、どのような企業活動(ファクト)に魅かれるのかを、「人的魅力」「財務的魅力」「商品的魅力」の3要素からなる研究所独自の分析軸「魅力度ブランディングモデル」に基づいて分析をしました。
その結果、「ビジョンを掲げ、業界をけん引している」という「人的魅力」がトップに、それ以外にも「信頼できるリーダー・経営者がいる」「チャレンジスピリットにあふれたリーダー・経営者がいる」がTOP5に入るなど、人的資本が非常に重要であることに改めて気付かされる結果となりました。日本マーケティング学会で研究成果を論文として発表し、2017年のベストペーパー賞に選ばれるなど学術的にも高い評価を頂けました。
2017年日本マーケティング学会ベストペーパー賞受賞
企業広報は今「ステークホルダー・リレーションズ」へ
――「商品・サービス」などが企業の魅力に直結しているような印象を持っていましたが、生活者は人的魅力という点に注目しているのですね。
阪井:これが研究所設立当初の10年前と比較して、最も大きな変化だと感じています。生活者をはじめとするステークホルダーは、もはや企業がもうかっているかどうかだけを見ているのではありません。多様な視点で判断するようになってきているのです。
それに伴い、企業も広報活動方針の変化を迫られてきています。その変化が「メディア・リレーションズからステークホルダー・リレーションズへ」です。下記の「第5回 企業広報力調査」をご覧ください。これを見ると、各社の広報・PR部門が重視するターゲット・ステークホルダーの上昇率のトップ3が「就活生・学生」「従業員とその家族」「取引先」となっています。
メディアがほぼ唯一の広報ターゲットであるとして、いわゆる「報道対応」を最重視していた時代が確かにありましたし、今でも、報道関係者は広報担当者にとって重要な広報対象であることに変わりはありません。しかし、報道関係者の方々に加えて、学生や従業員、地域住民などステークホルダーそれぞれに対して、積極的なコミュニケーションを取らなければならないという意識が各企業に芽生えてきているのです。
また、四大マスメディアに加えて、デジタルデバイスの普及を通じた、ウェブメディア、ソーシャルメディアの浸透、定着が進むことで、優先ステークホルダーとの戦略的なコミュニケーションをデザインしやすくなってきた。さらに、こうしたデジタルメディアでは、コミュニケーション対象のセグメントも、これまでの「マスメディア」一辺倒の時代に比べ、比較的容易に設計することもできるようになりました。こうしたメディア環境の変化も、企業広報そのものの変化や戦略的発展に強い影響を与えていると考えられます。
■ご参考資料
こうした環境変化の中、これまでのように「話題づくり」「空気づくり」といった従来の商品広報を飛び越え、人や制度、社会貢献などさまざまな要素も含めて活用し、「企業広報」は企業全体の「価値づくり」を目指していかなければならない時代になっているのです。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
2023年5月、9月「カイシャのミライカレッジ」にて講演
■本記事の後編はコチラ
電通PRC-PRX事務局からのご案内
「企業広報戦略研究所」10周年記念ファクトブック発行のお知らせ
「企業広報戦略研究所(電通PRコンサルティング内)」10年間の活動を俯瞰(ふかん)し、これまで実施してきた、「企業広報」活動の発展に貢献する各種調査・分析・提言を1冊のファクトブック資料(抜粋版)にまとめました(2023年11月20日発行)。下記リンクよりダウンロードいただき、皆様のコーポレート・コミュニケ―ション活動にお役立てください。
■出演者プロフィール
阪井 完二(さかい かんじ) 企業広報戦略研究所 所長
企業PR戦略、経営広報・コーポレートブランディング、パブリックアフェアーズ、イシュー・リスクマネジメント、KPI・効果測定などの研究および実践。政府、通信、IT、交通、食品、サービスなど多くの業界を担当。2013年に企業広報戦略研究所を立上げ、産学連携による調査研究・論文・学会発表等を実践。日本PR協会賞、国際PR協会賞、マーケティング学会最優秀論文賞(ベストペーパー賞)受賞、日本広報学会教育・実践貢献賞受賞など。
末次 祥行(すえつぐ よしゆき) 企業広報戦略研究所 副所長
飲料、電機、通信、IT企業のマーケティングコミュニケーションや、企業など(大学、自治体を含む)のコミュニケーションも手がける。特に調査を活用したPRや報道の分析、レピュテーション分析、効果測定、など定量・定性の分析や企業リスク/ソーシャルリスクなど、企業戦略やイシュー・リスクに関連したコンサルティングを担当。
戸上 摩貴子(とがみ まきこ) 企業広報戦略研究所 上席研究員
入社以来、主にメディアリレーションズ、リサーチ、ヘルスケアなどの部門を担当。 各部門で、メディアプロモートや調査、ツール制作などを通じた疾患啓発やマーケティングプロモーションを行う。現在はコーポレートコミュニケーション戦略局に所属し、報道論調分析やヒアリング、ネット調査など、調査を起点としたコーポレートコミュニケーションを担当。