コレクティブインパクトとは?NPO法人に聞く取り組み事例
国内外問わず、さまざまな社会課題が生まれている現代。その解決に取り組もうと努力している組織・個人は年々増えていますが、課題そのものがどんどん複雑化していく中、個別の力で乗り越えることは非常に難しくなってきています。
そのような中、新たなコンセプトとして生まれてきたのが「コレクティブインパクト」です。
今回は、この「コレクティブインパクト」を積極的に推進しているNPO法人ETIC.から鈴木敦子さん、倉辻悠平さんをお招きし、電通PRコンサルティング執行役員/PRプランナー・井口理とともに、現在の取り組み実態や課題から、展望までご紹介。これからのより良い社会づくりに「コレクティブインパクト」が注目される理由や、企業PRやコーポレート・コミュニケーション視点における価値などについて、語っていただきました。
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「コレクティブインパクト」とは
――まずは「コレクティブインパクト」について教えてください。
鈴木:コレクティブインパクトとは行政や企業、NPOなどの参加者がそれぞれの立場を超え、さまざまな社会課題の解決に向けて協働していくこと。集合的(Collective)なインパクト(社会的成果・アウトカム)を実現するための取り組みです。2011年に米国のコンサルティング会社FSGのJohn Kania氏とMark Kramer氏による論文で提唱されました。
これには「共通のアジェンダがある」「評価システムがある」など5つの厳密な定義があるのですが、今回はもう少し広義に捉え、「さまざまな立場の方が、1つのある目標に向かって共創していく取り組み」としてお話ができればと思っています。
――なぜ今、「コレクティブインパクト」に注目が集まってきているのでしょうか?
鈴木:今日はここで定義されている手法としてのコレクティブインパクトというより、このような協働の手法があるということも知ってもらうためにも、あえて話題させていただき広義に捉えてお話しさせてください。
あくまでも私からの視点になりますが、1つのきっかけは2011年の東日本大震災でした。それまでも多くのNPO法人がありましたが、どちらかというと小規模な形でボランティア的な活動をされているところが多かったように思います。しかし震災後、世の中の寄付額なども増えてきたこともあり、多くのNPOが活動を広げ、数も規模も大きくなってきました。そのあたりから「もっと大きな視点で課題解決をしていこう」「新しい未来をつくっていこう」と、各団体が、さまざまな形で取り組んできたのですが、やはり単体では解決できない課題が多くあるということを痛感させられたのです。
一方、「自社の事業を通じて、社会課題解決をしていく」ということに着目する企業も増えてきています。ただ、こちらも震災を境に「大きな社会課題は、1社では解決できない」という意識は高まってきており、経団連の調査でもNPO/NGOと協業していると答えた企業は8割を超えるなど、自社を超えた取り組みを模索している状況といえます。
井口:コミュニケーション業界においても2020年の「バルセロナ原則3.0」が発表されて以降、「インパクト」という言葉に注目が集まっています。そのような中、企業がコミュニケーション活動を行う際に自社の存在意義を示しつつ、社会的に良い影響を生み出していこうという取り組みも増えてきており、世界三大広告賞といわれるカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルでも近年サステナビリティをテーマにした事例が数多く評価されています。
とはいえ、「解決すべき本当の課題がどこにあるのか」、そして「どのような形で関わっていくのがよいのか」、あるいは「そこまでの社会課題を自社で背負いきれるのか」という気持ちはあれど一歩踏み出すのに逡巡を続けている企業もまだまだ数多くあるようです。
そういった中で「コレクティブインパクト」という言葉に出合いました。このような仲間づくりの方法があることをぜひ多くの方に知っていただき、社会課題解決に参加していただくきっかけになればと思っています。
「コレクティブインパクト」プロジェクト事例のご紹介
――ETIC.さんは共創を後押しする取り組みとして、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
鈴木:活動が幅広くて一言では表しにくいのですが(笑)、最近ETIC.の新タグライン「行動を起こす人に伴走し、つなぎ、ともに『あたらしい社会』をつくる。」を公開しました。NPOというと社会貢献団体と見られがちですが、このタグラインからも分かるように、どちらかというと私たちは「こんなことをやってみたい」という個人の挑戦を、応援・支援してきた団体です。
■NPO法人ETIC.新タグライン(30周年特設ページ)
そういった背景から、ETIC.はコーディネーター的な役割を果たすための活動が多くなっています。私たちは数多くの企業・NPO法人・個人などとのネットワークがありますが、例えば企業の立場で社会課題解決に取り組もうとすると、多くの壁があるんです。それはビジネスは「効率重視」がベースになっていることに起因します。社会課題はこの「効率」から漏れたところにあることが多いので、結果、これらの解決を目指してアプローチするには手間暇がかかってしまうのです。
なお、私たちのようなNPO法人はこれを得意としています。ですので、私たちがコーディネーターとして入ることで、企業は効率的に課題解決に参画し、NPO法人は企業の資金や人材協力を得ながら、中長期的な視点で取り組むことが可能になるというメリットが生まれます。このように、それぞれの強みを生かした取り組みができれば、社会課題の解決の1つの方法として、効果を発揮するんじゃないかなと考えています。
そういった思いからスタートした取り組みが「and Beyond Company(以下aBC)」。これは「意志ある挑戦があふれる社会を創る」をミッションに、企業、行政、NPO、学生など立場や組織の垣根を越えてイノベーションを生み出すことを目指したバーチャルカンパニーです。
――「aBC」で行っている具体的な活動を教えてください。
鈴木:私は「防災・災害支援アップデート」という活動を紹介したいと思います。
東日本大震災以降、ETIC.は災害のたびに地域の中間支援組織の後方支援に取り組んできましたが、震災や豪雨災害などの現状に向き合う中で、ことが起こってからではなく、平時からの仕組みづくりに課題を感じていました。
同じような考えをお持ちだったフェリシモさん、日本郵政さんといった企業と共に、仕組みのアップデートを目指して2022年5月に「防災災害アップデート研究会」を立ち上げました。毎月の勉強会のほか、災害弱者のための物資支援、被災地における中間支援の後方支援を行っています。また今後は防災をビジネス化することで、日常からのアップデートについても推進していく予定です。
――「平時から」という課題を感じている方々の思いが1つになった事例ですね。その他の活動があれば教えてください。
倉辻:私が取り組んでいる活動の1つに、医療・ヘルスケア領域の共創エコシステムの形成を目指した「Vision Hacker Association(以下VHA)」があります。
VHAは、この領域の若手起業家の発掘&支援プログラムと、プログラムを卒業した起業家と研究者、企業人らが集って協働を企む「VH Lab」の2層で構成されています。
VH Labで組成された、あるいは組成中の分科会プロジェクトには、「ソーラーボイラーを活用したマラウイ衛生環境改善プロジェクト」や、「新興国おける中古医療機器の利活用プロジェクト」、「遠隔新生児蘇生法講習シミュレーターの海外展開」などがあります。
3つ目に挙げたプロジェクトは、プログラムOBの任喜史さん(NPO法人ASHA)、古田国之さん(株式会社SOIK)のお二人に加え、エレコムさんが共同で取り組んでいます。全新生児の15%程度が出産直後に呼吸・循環が不安定となり仮死状態となりますが、適切な新生児蘇生法によってその90%以上を救命できるといわれています。一方、多くの新興国では、新生児蘇生法を習得している医療従事者は少なく、救えるはずの命がまだまだ多く存在しています。これを改善するため、プロジェクトが立ち上がりました。こちらは経済産業省の「ヘルスケア産業国際展開推進事業」にも採択され、本格的に動き出しています。
井口:課題解決に向けたチーミングに正解はなく、国やエリアでさまざまな解決プロセスがあるはずです。そこに適した形にローカライズされたチーミングができるのがコレクティブインパクトの魅力で、「aBC」にはその環境が整っているんでしょうね。ジグソーパズルと同様、大きな絵を完成させるための個人というピースを一つひとつ集め組み合わせるやり方もありますし、企業などが関わればすぐに大半のピースが埋まるので完成までのスピード感は高まるでしょう。
「個の熱い思い」を可視化し、企業ブランド価値向上につなげる
――まさに「立場を超えて1つの課題に取り組む」事例ですね。それでは最後に、皆さんからのメッセージをお願いします。
倉辻:"共創"とか"コレクティブインパクト"って言うとき「企業と行政と非営利組織などセクターをまたいで何かやること」というイメージが先行しがちで、組織間の協働スキームのように聞こえてくることが多いかと思います。
ただ、実際にやってみると、その熱源であったり出発点は、あくまで思いを持った個人であるということが分かります。
シンプルに「この社会課題をなんとかしたい」という個々人が集まった結果、その所属先がたまたま別々の組織だったりセクターだった。一緒に活動をしている中で「あぁ、これが共創か」とふに落ちて、コレクティブインパクトが生まれるといった順番なのかもしれません。
鈴木:企業の方とお話しして感じるのは、今本当に多くの方が「企業として社会課題解決に取り組んでいかなければいけない」と思っているということです。ただ組織人として動きにくいこと、社内での合意をどうつけたらいいかといったところで壁に当たってしまっているというのが現状なのかなと。
それを突破するカギは、組織人としてではなく、「個人としての強い思い」です。私たちとしては、個人の思いがしっかりと表現されていくようなカルチャーづくりを大切にしていきたいなと考えています。
井口:私たちPRコミュニケーションを生業とする立場だと、クライアントに対して「こういうことをするべきだ」、そしてそれを「宣言しなければいけない」ということを提言することが多かったんです。
しかしそれだと先にも触れたように相当の覚悟が必要になってくる。組織として決定するとなれば、それこそその手続きだけでも膨大になりかねない。ただ今日お二人の話を聞いて、まずはやれるところを見定めて、無理のない範囲で、自社の身の丈に合わせて取り組んでいくことができればそれが望ましい。
やがてはそれが他者の活動とも緩やかにつながり、課題解決への道筋が自ずと見えてくるはずです。まずは飛び込む、そこに仲間が集う、それぞれが役割分担して最強のチームができるという、いわば流れに身を任せる形が実は一番効率的にゴールに辿り着けるのではないかとさえ感じます。それほどまでに各所に有効な手立てを持つポテンシャルの高い人々がいるということ。
またパーパス・ブランディングなど社会における企業の在り方に注目が集まっている中、このような取り組みはブランドレピュテーションをマネジメントする観点でも非常に重要です。社内外のステークホルダーに向けて自社の取り組みについてその正当性(オーセンティシティ)を理解していただくことは、活動への納得感を高める事にもつながるでしょう。
また、コレクティブインパクトへの参画に際しては、社内外への情報発信に活用することで、企業にもさまざまなリターンを得られる可能性があると思います。レピュテーションの向上や従業員のエンゲージメント強化など、これからのコーポレート・コミュニケーション活動を強化する、重要な契機としても注目していただきたいですね。
■参加者プロフィール(五十音順)
井口 理(いのくち ただし) 株式会社電通PRコンサルティング 執行役員
データドリブンな企業PR戦略立案から、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体PRまで幅広く手掛ける。ニュースメディアやソーシャルメディアで話題になりやすいコンテンツを生み出す「PR IMPAKT」や、メディア間の情報の流れをひもとく「情報流通構造」などを提唱。
著書に「戦略PRの本質―実践のための5つの視点」、共著に「成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略」。
倉辻 悠平(くらつじ ゆうへい)NPO法人ETIC. 事業本部 プロジェクトリーダー
1985年大阪生まれ。立命館大学時代、国際協力や世界一周にいそしむ。卒業後、2009年に株式会社リクルート入社。2014年、フィリピンのスラム地区に住む若者向けキャリア支援事業を行うNPO法人PALETTEを創業。2018年に代表交代した後、ひょんなことからNPO法人ETIC.に参画。現在は、医療・ヘルスケア、生物多様性などのテーマを中心に、いくつかのプロジェクトを手掛けている。名前の通り、平和な世界をつくりたい。
鈴木 敦子(すずき あつこ) NPO法人ETIC. Co-Founder/シニアコーディネーター
1971年生まれ。早稲田大学第2文学部卒業。ETIC.は創業期よりともに立ち上げる。創業当時より、マネジメントサイクル全般、主に人事、組織づくりなどを担当していたが、2021年の自主経営組織への体制変更に伴い、現在は起業家支援、起業家的キャリアやソーシャルセクターでの就職を支援する求人メディアDRIVEでの採用支援や人材コーディネート業務を中心に担っている。趣味は、食べ歩きとダンス。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
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