【イシュー起点の最新企業広報術】生活者の関心に寄り添う実践プログラム
社会環境が急速に変化する中、企業経営のかじ取りが難しくなってきている現代。またソーシャルメディアなどの発達により誰もが情報発信できるようになり、従来ステークホルダーとして重要視されてきた株主や取引先だけでなく、顧客や従業員など、さまざまな立場の人に配慮する必要性も生じてきています。
そのため、企業はただ業績を伸ばすだけではなく、あらゆるステークホルダーに対して寄り添い、コミュニケーション活動を通じてレピュテーション(評判)を形成することが必要となっています。
評判形成のための取り組みでキーワードとなるのは「イシュー(課題)」。顧客や従業員などステークホルダーが重要視しているイシューに対し、自社で解決できることはないかを積極的に考え、能動的に行動し、情報発信等を通じて、主要ステークホルダーとのエンゲージメントを高めることが、これからの企業経営に求められています。
今回の「PRX」では、イシュー起点の実践的な企業コミュニケーション術や企業ブランディング手法について紹介した、当社主催セミナー(※)から、一部内容を抜粋してご紹介します。
※「イシュー起点の最新企業広報術~生活者の関心に寄り添い共感を醸成~」(2023年9月20日オンライン開催、電通PRコンサルティング主催)
目次[非表示]
第1部:企業広報の在り方〜ソートリーダーシップを目指すために
執行役員 井口 理
企業コミュニケーションの潮流とレピュテーション
数年前まで、日本のコミュニケーション活動は欧米と比較して5年ほど遅れているのではという話をしていましたが、最近では海外と同じレベルで進化してきていると感じています。それはグローバルの潮流を見て、すぐさま自分たちも取り組めないかという姿勢で臨まないと手遅れになってしまうという状況であるとも言えます。
現在の潮流は、「株主資本主義からステークホルダーキャピタリズムへの変化」にあります。業績が良ければ全て良しではなく、企業を取り巻くさまざまなステークホルダーに対し寄り添うこと、そして適切なコミュニケーション活動を通じてレピュテーション(評判)をマネジメントしていくことが重要になってきています。
それに伴い、ステークホルダーに対する考え方も大きく変わってきています。これまで企業の評判は株主や取引先など、少数の専門的なステークホルダーによって形成されてきましたが、今では生活者があらゆる情報を取得できるようになりました。企業の直接的な顧客でなくても、企業を見ている「なんとなくの目」が評判を左右し得るようになってきているのです。また、従業員もより重要になってきています。人材確保のための採用広報、そして従業員の帰属意識を高めることにも目を向けていかなければなりません。
ある海外の研究機関(USC Annenberg)の2023年調査では、「顧客の購買意向」「従業員の帰属意識」「投資家の投資意向」全てにおいて、企業のレピュテーションが強い影響を及ぼすと考えている人が大多数であるということが判明しています。つまり、「企業ブランド」としてのレピュテーションをマネジメントするため、企業は「社会的な存在意義」を果たしていることを、しっかりと発信しなければならない状況になっていると言えるでしょう。
また、同研究機関の別の調査結果では、これからの企業の評判を形成する重要なステークホルダーとして、「顧客」と並んで、「従業員」だと考える人々が過半数を占めることが分かりました。つまり、「従業員」はまさに一番身近なインフルエンサー。「従業員」が誇りを持ち、充足感を得てさまざまなところで言葉を発するときに、企業が持つ「本来の価値」が伝わっていくと言えるのではないでしょうか。
企業パーパス・ブランディング
それでは次に、自社の存在意義を軸にブランディング活動を行う「パーパス・ブランディング」についてご紹介します。この考え方はグローバルのコミュニケーションリーダーたちも、間違いなく継続的に定着、浸透していくものであると述べています。
一方でこの考え方に理解を示しつつも、業績に影響があるのかという点について懐疑的な見方をする方もいらっしゃるかもしれません。しかし、コトラーの「マーケティング3.0」でも企業の主な提供価値は機能的価値、情緒的価値とともに社会的価値が重要であると述べられ、さらに「マーケティング4.0」では、企業は「生活者に寄り添い、共にゴールを達成するパートナー的存在となることが期待される」と解説されています。
先の研究機関(USC Annenberg)では、「社会課題に取り組むことによって企業にどのようなリターンがあるのか」という調査も行っています。こちらでも「その会社の製品を買いたい」と答えた顧客が46%、「その会社で働きたい」と答えた従業員が38%、「成長に期待できる」と答えた投資家が79%と、十分にビジネス的なリターンをもたらす可能性があることを示しています。
企業の社会課題解決とコレクティブインパクト
では、この「パーパス・ブランディング」には、どのように取り組めばよいのでしょうか?
確かに現代はさまざまな社会課題が発生し、さらに複雑化しており、「何に取り組めばよいのか分からない」と悩む方は多いかもしれません。まずは課題の大小にとらわれず、自社だからこそ向き合えること」を見つけて、きちんと取り組んでいくことが重要です。
また、課題に対して1社が全ての責任を負う必要もありません。同じ課題に対して解決したいという意識を持つ方々でチームを組み、それぞれの得意領域を発揮することで解決に導いていくという方法もあります。これは「コレクティブインパクト(※)」という考え方ですが、欧米ではこういった取り組みが当たり前になってきていますので、ぜひ参考にしてください。
※コレクティブインパクトについては、11月に本サイトにて記事を公開予定です。
このような背景から、日本でも企業ブランドの確立について注目が高まっています。「広報会議」(宣伝会議)が実施した広報部長アンケートでも、企業ブランドの確立や強化に関心のある企業が非常に増えていることが分かります。理由としては、採用力の強化がより重要になってきていることを挙げる方が多くいらっしゃいました。「この会社にいてよかった」という従業員の帰属意識を高めるため、社会課題に積極的に取り組み、企業としてのレピュレーションを高める必要性を感じているのでしょう。
また、PR業界の企業評価の基準も変わってきています。AMECが提唱したPRの効果測定に関する7原則の改訂版「バルセロナ原則3.0」(2020年)では、「インパクト」という言葉が入ってきています。これは「社会的な影響」という意味を表しています。コミュニケーション活動を通じて自社に対してだけでなく、社会的な影響をどのように与えたのかが評価の基準になってきているのです。
では、どのような社会課題に取り組めばよいのか?それを見つけるために重要なのが、「世の中の関心に寄り添うこと」です。世の中、あるいは生活者の関心の高い課題と、自社が得意領域としている取り組みがマッチする部分を見つけて取り組んでいくことこそ、コミュニケーション視点での社会課題解決と言えるでしょう。
第2部:最新の調査からひもとく、ビジネスイシュー起点の広報戦略の必要性
ステークホルダーエンゲージメント局 企画開発部 シニアコンサルタント 大澤 英介
企業を取り巻くイシュー
まず、企業を取り巻くイシュー(課題)について3つまとめました。
企業を取り巻く環境の急速な変化
企業の経営を取り巻く情勢が大きく変化しつつあり、世界情勢や値上げ、エネルギー不足など、企業にとってかじ取りの難しい局面が増加している
SNS等の普及による生活者の情報流通の変化
生活者が自ら発信し、受け取り、その情報を受けて価値観に影響を与えるという環境に
イシューに対する生活者感度の変化
情報量の増加が影響して、生活者のイシューに関する感度が上昇している
このような背景の中、企業がイシューに能動的に取り組むことは、極めて重要な戦略になってきています。下図は企業広報戦略研究所の調査結果ですが、生活者の4割強が企業のイシューに対する積極的な取り組みを知ると、商品やサービスの購入など何らかの行動を起こすと回答しています。
では、どのようにイシュー対応を進めていけばよいのでしょうか?まずはどのようなイシューに取り組むべきなのかを判断することが必要です。その際、判断する視点として「生活者が解決を求めるソーシャルイシュー」と「自社のソーシャルイシューに対する取り組み」が重なる部分を把握することが重要です。このイシューに注力することで、認知につながり、企業価値創造への近道となります。
また、われわれはソーシャルイシューの中でも、生活者が企業に求める社会課題を「ビジネスイシュー」と呼んでいます。生活者にとって解決優先度が高いソーシャルイシューで、かつ企業に解決を求めているイシューであるビジネスイシューを見つけて取り込んでいくことが、イシューを通してのレピュテーション向上に最も近づくことができると考えています。
取り組むべきイシューを発見する「イシュー100調査」
これらを見つけるヒントになることを目指して当社で実施したのが、100個のイシューを報道量等から検証した「イシュー100調査」です。
右上が優先して解決が求められ、かつ企業に解決を求めるイシューです。ここでは賃上げ、所得の格差、労働環境の改善、ハラスメントなど、自らの仕事・生活に直結するようなテーマが数多くあることが分かります。それに比較すると気候変動や脱炭素化の推進など環境保全に関するテーマについてはやや関心が薄いという結果になっています。
年代別に見ると、やや変化が見られます。60代では年金制度や老老介護など、高齢化の中で発生しているイシューが急上昇しますし、環境系のイシューに対する関心も高くなっています。一方15〜29歳の若者世代では全ての項目が真ん中に寄ってきているという特徴があります。これは課題意識を持ちつつも、解決という視点で企業とひも付けて考えている人が少ないことの表れであると考えられます。
また特徴的なのが学生に限定した結果です。15〜29歳は全体よりも優先して解決を求めるイシューが上に寄っており、課題意識をより強く持っていることが分かります。また貧困問題や少子化問題、LGBTQ+など、人権にまつわる課題意識が非常に高いという結果になっています。
これらの結果を踏まえてイシューをひもとくと、例えば人権関連のイシューについては若年層、特に学生の意識が高い結果となっているため、率先して取り組むことで採用活動などでの大きなアピールになるチャンスと言えます。一方、働き方関連のイシューについては企業に解決を求めるというよりも、もう企業は取り組んでいて当たり前と捉えられている可能性があります。だからこそその内容や発信については他者との差別化をきちんと図る必要があります。このように生活者の意識を把握することで、今後の広報戦略の精緻化を図ることが可能になるのです。
イシュー起点の実践的「企業コミュニケーション」プログラム
それでは次に、具体的にどのような手法で広報戦略を立案していくべきかを説明します。大きくは3つのステップで整理することができます。
STEP1 ビジネスイシューの発見
まずは自社、競合がどのような活動を行っているのかを俯瞰(ふかん)するステップです。イシュー100調査をベースに、自社が取り組んでいること、取り組みたいこと、また競合が行っている取り組みを当てはめてみてください。
STEP2 企業PR戦略カレンダーの作成
調査結果で導き出した、自社にとってのビジネスイシューに関するモーメントを洗い出して、マッピングしていく作業になります。まず一番上にイシュー100調査の結果、自社として注力すべきイシューを記載します。
そして縦軸の項目には行政、DX、ESGといったテーマを記載し、それに該当するモーメントを表に記載していきます。この時、発想の手助けとするため、あまり絞り込みすぎないことがポイントです。
STEP3 自社・競合の取り組みや対応可能な領域の整理
整理したモーメントとビジネスイシューを一覧で確認できるよう、自社とベンチマーク企業の今後の経営計画を記載してみてください。自社については今後発表するファクトを洗い出し、競合については中期経営計画やWebサイト、サステナビリティレポートなどの公開情報を参考にしましょう。
このような形で整理できれば、調査結果や市場背景をベースとした、裏付けのある広報戦略立案につながってきます。
「直接的な利益のみを追求する企業」とステークホルダーに認識されてしまうと、レピュテーション毀損(きそん)のリスクが生じてしまう時代です。ソーシャルイシューを意識した取り組み、発信を行う企業も多くなってきていますが、ご紹介した通り、生活者の課題意識は年代や職業など、置かれた立場によって大きく異なります。
また、日々の情報接触や報道によっても生活者の抱く意識は、絶え間なく変化しやすい時代とも言えます。自己視点で企業としてやれることで絞り込んでしまうと、独善的な視点になってしまうリスクもあるので、今回ご紹介したように幅広く世の中の声を聞いて整理してみるといったところから、イシュー設定を始めることをお勧めします。
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
電通PRC-PRX事務局からのご案内
電通PRコンサルティングでは、イシューを捉えた「企業広報戦略」の策定や実践に関して、下記プログラム資料や関連記事を紹介しています。
❶【新作資料】 イシュー起点の企業コミュニケーションプログラム
❷ 2023年度ビジネス・イシュー・カレンダー抜粋版
❸ 関連記事のご紹介