アメリカの社会・政治トレンドと日本企業への影響について《ニューヨーク在住ジャーナリストが語る》
ニューヨークに2003年から在住し、アメリカの社会・経済・政治状況やトレンドを発信している国際ジャーナリストの津山恵子氏が2023年10月に来日。昨年に引き続き、電通PRコンサルティング主催PAセミナーにご登壇いただきました。今回は当セミナーから一部内容を抜粋して、米国の最新社会・政治トレンドと日本企業への影響についてご紹介します。
■国際ジャーナリスト 津山恵子氏 プロフィール
ニューヨーク在住国際ジャーナリスト/ 元共同通信社・ニューヨーク特派員/ ニューヨークに2003年から在住/ AERA、ビジネス・インサイダー・ジャパン、朝日新聞、月刊文藝春秋などに執筆/ テレビ、ラジオでコメント/ 東京財団政策研究所、日本記者クラブなどで講演
著書:「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社) ・「モバイルシフト」(アスキーメディアワークス) ・「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報社) 他
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ニューヨークから見たアメリカビジネス最新事情~日本企業は?
最近、アメリカ人から日本は大変好かれており、「日本が好きですか?」という質問に対しては、「大好き」と「好き」を合わせてなんと88.8%となっています。ちなみに、イギリスが90%を超えていますが、日本もかなり好感を持たれています(アウンコンサルティング、2023)。
日本料理を提供するレストランも増えています。人件費も上がっていて、知り合いのお店で、お客さんを席に案内するレセプショニストを4万9千ドル(約735万円)で募集しても、まったく応募がないくらい高騰しています。もちろん、日本料理のシェフも人気があります。
また、アメリカにおいて日本企業の業績は好調であり、現地法人の売上高(Q2)は16.6%増、4期連続でプラスとなっています。とくに、輸送機械(31.8%)が牽引しています。
注目すべき日本関連のビジネスですが、話題になっているのがセカンドストリート(2nd STREET)という総合リユースショップ、中古の衣料品・アクセサリー店です。セカンドストリートはゲオグループの会社で、アメリカでは2018年に事業を開始して、急成長。全米の大都市を中心に2024年までに38店舗に拡大予定とのことです。若者が多い、大学の城下町にも進出しています。
今、リユースのショップが若者に人気です。ニューヨークにあるOther People’s Clothesというショップも大人気で、週末は若い層を中心にかなり賑わっています。ブルックリン店は倉庫をリノベーションした大きな店舗です(写真はクイーンズ店)。ミレニアル世代/Z世代は、ファストファッションのビジネスモデルに懐疑的であるため、購入意欲がリユース品に向かっていると考えられます。セカンドストリートもこの流れに乗って、成功していると言ってよいと思います。
ミレニアルとZ世代が企業を動かす~キャンセル・カルチャー
ミレニアル世代とZ世代がアメリカ企業を動かしています。いや、振り回していると言ってよいでしょう。ミレニアル世代は1997年生まれまで、26~42歳までの世代です。Z世代は2010年ごろまでの生まれで、20代前半までの世代です。ミレニアル/Z世代は、多様性を重視し、環境や人権に対する意識がとても強く、キャンセル・カルチャーと呼ばれる行動が特徴的です。
ここでは、ニューヨークに代表される都市を例に見ていきたいと思います。例えば、ミレニアル/Z世代は大学進学において、地球温暖化や環境問題を軽視する大学を選別し、そこには行かないという行動をとります。アメリカの大学では、新校舎などを建設するための基金の運用を行っていますが、その投資先に化石燃料を使って、温暖化ガスを大量に出しているエネルギー企業がある場合、高校生はその大学をキャンセルし、進学しないという行動をとったりします。そのため、今では200以上の大学が、エネルギー企業などからのダイベストメント(投資の引き上げ)を行っています。特定の企業を否定し、買わないという行動をとることが「キャンセル・カルチャー」の特徴と言えます。
ミレニアル/Z世代の意識
日本でよく聞かれるSDGsという言葉は国連の中だけで使われていて、アメリカでの存在感はほぼゼロ。SDGsは、若者にとっても誰にとっても、アメリカではまったく聞き慣れない言葉です。アメリカでは、環境に取り組むことは人権問題でもあるということから、Diversity and Inclusionという言葉がよく使われます。企業や法人に対して、活動の透明性を求める動きは強いです。透明性のない企業や大学はキャンセルされてしまうため、企業などは先回りをして、環境や人権問題に取り組まなくてはなりません。
近時の代表的な例は、Black Lives Matterです。タイムズスクエアの看板のほとんどが真っ黒になりました。赤がコーポレートカラーのコカ・コーラですら、真っ黒の看板にしました。アメリカでビジネスを行っている日本企業も、キャンセルされないように先回りをして、Diversity and Inclusionを重視した活動を行わなくてはなりません。Z世代を研究している、めぐみ佐藤シェリーさんは「消費は投票」と言っています。何かを買うか買わないかは、選挙に行って投票するかしないかと同じような行動だということで、言い得て妙だと思います。
企業はミレニアル/Z世代の研究が必要~SNSと動画中心の生活へ
日本企業の足元の業績は堅調ですが、今後、アメリカでの業績をかさ上げしていくためには、人口の過半数を超えているミレニアル/Z世代を研究し、ターゲットにしなくてはなりません。
ミレニアル/Z世代の特徴としては、友達やインフルエンサーがSNSということです。アメリカの20代が使うSNSとしては、TikTok(33%)、Snapchat(31%)、Instagram(22%)、Facebook(2%)という割合になっており、Facebookはキャンセルされた企業となっています。理由としては、5億人を超える個人情報の漏洩や、2016年の大統領選挙でトランプ陣営に有利になるように使われたという件が影響を与えています。
また、ニュースはオンラインで見るため、新聞やテレビなどはほとんど見ません。テレビのスクリーンは、ゲームとストリーミングのためだけに使われています。この世代は、Webサイトに行って文字を読むよりは、ビデオ/動画や動画を見るという習慣が身に付いています。調べ物をするときでさえ、Webで検索するのではなく、インスタグラムで見た後で、YouTubeにアクセスして情報を集めます。
Googleの利用頻度が著しく落ちているという印象がありますので、日本企業もYouTubeなどを使った動画による情報発信を充実させなくてはなりません。日本企業では自動車メーカーはよく対応していると思います。アメリカの消費財メーカーなどは上手にやっていますので、ぜひ各社の動画を参考にしていただければと思います。
AIのガイドラインを策定する米国のメディア
米国のメディアでは、実は以前からAIによる記事作成が行われています。4月に記事にしましたが、米CNETは密かにAIに記事を書かせていました。その内容は極めて不正確であり、引用先のない盗用も発覚し、AIが書いた記事の半分ほどに訂正が必要だったということです(朝日新聞・デジタル「津山恵子のメディア私評-生成AIが広まる日 取材相手、フェイクかもしれない」2023年4月14日)。
メディアへの信頼、ブランド価値を毀損する恐れがあるAIの活用について、今、主要メディアではガイドラインの策定を進めています。インサイダー(旧ビジネスインサイダー)では、ガイドラインを策定し、記者たちに対して3つの注意点を示しました。
1.原稿は頭から自分で書くこと
2.ファクトチェックは自分自身で行う
3.引用元を自分で確かめる
最も重要なことは各メディアが持っているスタイル、New York Timesスタイルなど読者が期待していたメディアごとの特徴であり、そのメディアのアイデンティティーが失われないようにという指摘をしています。このような動きはインサイダーだけでなくウォール・ストリート・ジャーナルやニューヨークタイムズ、AP通信など、各社でガイドラインを策定するようになってきています。
メディアの動きではありませんが、AIに関連して米国で話題となっているのが全米脚本家組合と全米映画俳優組合のストライキです。このストライキにより、通常9月から始まる新番組の撮影がスタートできず、大型の広告がとれないという状況になっています。
全米脚本家組合は148日で全米映画テレビ制作者協会と暫定合意をしていますが、さまざまな新番組が延期になっており、正式に合意したから次の日から仕事があるわけではなく、脚本家たちにとっては経済的に厳しい状況が続いています。
まだ合意をしていない俳優たちにとっての脅威は、「AI俳優」の技術です。俳優の人たちが知らないうちに全身をスキャンされ、1シーンしか撮られていないのに、映画ではいくつものシーンで使われるという状況が生まれています。つまり、1シーンだけのギャラしか支払われていないのです。10月2日に交渉があったものの、折り合うことができませんでした。報酬の引き上げやAI活用について話し合われているものと思われます(注:11月8日に暫定合意が成立)。
アメリカ大統領選挙の見通し
大統領選挙の投開票は来年11月の話なので、詳細な予測はできませんが、その時に一騎打ちになっているのはバイデン大統領とトランプ前大統領であるというのが、アメリカの報道ではデフォルトになっています。世論調査の予想もいろいろと出ていて、今のところ勝敗は僅差でバイデン勝利という予想が多く見られます。
トランプ前大統領はなぜ強いのか、4回も起訴をされているのにおかしいな、と思われる方も多いと思いますが、面白いことに起訴されるたびに支持率が上がっています。理由としては、起訴されるたびにトランプ前大統領は、この起訴はフェイクだ、魔女狩りだ、などと発言し、それを共和党支持者たちが信じているからだと考えられます。共和党は支持者に、朝、昼、晩問わず、1日に5通も6通もメールを送ってきて、「今回の起訴はフェイクだ、無実の罪だ」と力説するので、支持者たちは信じてしまうのでしょう。支持率が上がるだけでなく、そのたびに寄付金が集まっているとのことです。最初の時は400万ドル以上集まったとのことで、起訴されると、支持者たちが反発して支持率も上がるし、寄付も集まるという現象になっています。
来年からこれらの事案の裁判が始まります。裁判対応に時間がとられるため、バイデン大統領に比べると、トランプ前大統領が選挙活動に使える時間が少なくなり、不利になりそうだと言われています。
一時、共和党の有力候補と言われていたフロリダ州のデサンティス知事は、支持率が下げ止まらず、選挙キャンペーンを中止し、引き際を考えているというのがおおよその見通しです。
日本企業の方はアメリカの動きを先読みして、事業に生かしたいと思っていらっしゃると思います。もしバイデン政権が続いた場合、どのような動きになるかというと、政府の規制は引き続き継続、環境規制はさらに強化されていくとみられています。ビジネス的には、規制を強化しながら新しいビジネスを生んでいくという流れになりそうです。最大の懸念材料はやはり年齢です。民主党支持者の間でも、約7割が年齢を気にしているという結果が出ています。
逆に、トランプ前大統領が復活した場合、大幅な規制緩和、化石燃料を推進して環境問題への取り組みは後退、COPからの離脱など、世界の流れに逆行する動きになるだろうと見られています。アメリカ企業を優先し、海外企業を排除するという動きになるため、海外勢にとっては厳しくなります。最大の懸念はカオス、と言われており、先が読めない政権になりそうです。日本企業にとっては、バイデン政権の方が先読みしやすいことは確かと言えるでしょう。
今のところ、日米関係が良好であり、両国に横たわる大きな問題がないことから、日本に関する報道はほとんどありません。英語での報道は、Nikkei Asia、Kyodo News、Japan Timesという日本のメディアの英語版中心で、アメリカメディアの間では話題になりづらく、首脳会談などについても通信社のみの報道がほとんどです。一方で、日本の社会問題については、ミレニアル世代/Z世代の関心が一定程度あることから、日本企業としてはさまざまな社会的イシューについてグローバルを意識した活動が必要と考えられます。
お話をお聞きして
津山恵子さんのお話をお聞きし、すでに労働人口の半分以上を占めるミレミアル世代/Z世代の動向が企業にとっては重要であり、個人や社会を画一的に見ることなく、社会トレンドを理解しながら、より広い視野を持った事業運営や商品・サービス開発が必要であると痛感しました。
また、日本企業にとって、将来のビジネスに影響を与える米国の大統領選挙が来年に迫っています。電通PRコンサルティングでは、今後も米国政治や大統領選挙の動き、日本への影響、そして日本企業が対応すべき課題やリスクなどを考察しながら、「ワシントン政策分析レポート」として皆様にお届けしたいと考えています。企業の経営幹部やマネジメント職の方々の「先見力」強化に役立てていただければ幸いと思っております。
なお、現在は第18号まで発行しておりますので、ぜひご覧になってください。
バックナンバーはこちら
ワシントン政策分析レポートVol.17(2023年5月)
ワシントン政策分析レポートVol.16(2022年12月)
ワシントン政策分析レポートVol.15(2022年10月)
ワシントン政策分析レポートVol.14(2022年8月)
※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。
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